11「別府~日出~大神」
日が暮れる前に
別府と云えば温泉で有名な地ではあるが、この時の別府は遠く見える山奥より所々から湯煙が立ち昇り、湧き出した源泉は川に流れ込み湯気と腐敗した卵のような(正しくは硫化水素)の臭気が漂っている。
荒野に家屋が点在しており人は住んでいるようだが、遥か昔に
兵卒たちは道すがら汗ばんだ身体も相まって温泉に入りたいと口々に漏らしているが、
「そういえば、道中の浜脇辺りで
「あれが大友様が
「ほー、流石にこの国の守護大名となると府内とは別に館があるんだな。此度の
「はは、親家様が大友様に頼み込んでくれたらお許しをくれるかもな」
兵卒たちは気分と疲労を紛らわせるために、小さな声で雑談をしつつ足を動かしていく。
別府から
もう少し先へと進みたかったが、無理をして疲労を
「よし、ここで野営だ!」
八幡丸の号令に兵卒たちは各自で野宿の準備を始める。
少ない
配給がままならないので食料は各自に任せているのもあり、許容範囲の行為であった。
「若(八幡丸)、眠らないのか?」
近くで寝る準備を整えていた十時惟次が話しかけた。
八幡丸は焚き火の明かりに照らされた地面に描いた地図(豊前・豊後)を
今日は朝早くに藤北を出立してから由原八幡宮での戦勝祈願、そして別府までの移動。
初陣の心理的重圧があり、身体的にも疲れが溜まっているはずではあるが、初陣で高揚しているからなのか、眠気など
「なんだ、孫次……じゃなかった、八幡丸。まだ起きていたのか」
野営の
「
「ああ、特に何も問題は無かった。だからお前は心配せず、今日の疲れを取るために、もう寝とけ。眠れなくとも
そう家忠が
「八幡丸、お主はこの軍の総大将であるぞ。もし
「……分かりもうしました」
八幡丸は渋々と
安東家忠は親延の近くに腰を落とし、小声で話しかける。
「親延様、今のところ、脱走した者や体調を崩した者たちは居りませんでした。ただ、
「そうか……」
なんとか人(兵士)は集めたが、戸次家が蓄えていた兵糧や武具が不足していたのは
「このまま
「
「そうですね……」
「して、他には?」
「あとは松岡殿たちでしょうか。その……八幡丸以上に気負っているというか、過ぎているというか。殺気立っているようで松岡殿たちが率いる隊の兵たちが畏怖しておりました」
「松岡の兄弟のことか……。それは仕方あるまいな。松岡兄弟(
「
「ああ。足利の将軍後継争いによる大内と戦いで、馬ケ嶽城を攻め落とされた
「そうでしたか。我々も見習うべき姿勢ではありますね」
「だが、冷静になって周りを見るのも重要だぞ、家忠よ」
「重々承知しております」
「それならいい。さて、わしも一眠りをする。火の番は頼んだぞ」
「は、
八幡丸は家忠と親延の話しに聞き耳を立てつつ、満天の星空を眺めていた。
「藤北とは少し星の位置が違く見えるものだな」
星を
物心ついた時から、武家の子として、武士として
その成果を今や今かと示したいのだ。
はやる気を落ち着かせるように、深く息を吸った。やがて、うつらうつらと眠りにつく。
こうして八幡丸(孫次郎)の初陣1日目が無事に終わったのであった。
■□■
まだ日は出てはいないが、東の空がうっすらと明るくなっていく。
八幡丸を始め、兵卒たち戸次軍一行は既に起きては出立の準備に取り掛かり、簡単に朝飯(
日が出る前に
日出を離れて
その男は親延の方に視線を向けて、口を開く。
「馬上にて失礼いたします。手前は
「いや、総大将は黒い馬に乗った、あやつだ。あやつが戸次軍の総大将を務めている戸次八幡丸である」
そう八幡丸の方へ視線で誘導させると、
「これは失礼いたしました。改めて名乗らせていただきます。
「大神村に?」
「ええ、その大神村に武具と兵糧を運び込んでおります。詳細は道すがらにて、ご説明いたします」
戸次軍は
宇佐八幡宮は大友家だけではなく、由原八幡宮のように深い関わりがある他の
その一つである
「戸次殿と同じく、木付の祖は
親延は場所的に敵勢では無いと察しつつ、あえてこの場所に案内した「沓掛殿、あれは?」と
「此度の戦が戸次殿の弔い合戦と聞き存じあげておりますが、元は宇佐八幡宮の
「
「ええ、その通りでございます。木付城から許される限りの武具と兵糧を運び出しております。お使いください。食糧は三日分ほどありますでしょうか」
「沓掛殿、かたじけない。この御恩は必ずお返しいたします」
「いえいえ、気になさらないでください。先にも述べました通り、この
短い休憩の後に戸次の軍勢(兵卒たち)は沓掛たちが運び込んだ武具や兵糧を各自に配布していく。武具が足りない者たちは手にした刀や槍を見せびらかし、ある者は今日の食事にありつけると盛り上がっていた。
隊長格の人物から武具は貸し出さているものだから、後で返却しなければならないと注意するものの、聞く耳を持っているのは何人だろうか。
そんな騒がしい軍勢を野次馬の如く
そのお陰か大きな混乱になっておらず、それどころか村人は、
「
と
大神村は日出村と木付のほぼ中間にあり、民家は少数でありながら広大な田畑が広がっていた。
その村の名の通り、宇佐八幡宮の
兵卒たちが準備しているを眺めつつ、親延はふと疑問を口にした。
「ここへの待合は
当初の予定通りに
「いえ。正直に申しますと、角隈殿の使者より戸次殿たちが出陣していると報を受けた時、木付で待つよりは、ここ大神村で合流するのが良いと言付けを頂いておりました」
「角隈殿の……」
「おそらくは戸次殿にご加勢してくださった由布殿や十時殿は、
「なるほど……それは
こちらの思惑を遥かに超える用意周到さと、まだこちらが想像だにしていない
「ところで戸次殿、この後の
「
「ところで、その、戸次八幡丸様は……。いえ、これは
途中で口ごもる沓掛に親延が
「
「……では、
「ああ。あれは確かに幼名ではありますが、此度の戦の為、
「
「ええ、そうしてくだされ。はは……」
親延は
休憩と準備を終えると行軍を再開し、いざ立石へと歩み始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます