08「大神に由布あり」
戸次軍は三つの隊(前軍・中軍・後軍)に分けて
軍の総大将である戸次孫次郎は中軍の真ん中に。大叔父の親延は副将として中軍の先頭に立ち、軍隊を引き連れていた。
先軍は片賀瀬を統治している戸次親久(戸次親家の弟。孫次郎から見れば叔父にあたる)が大将を務め、後軍は戸次家重臣である
そして戸次一門や他家臣(松岡親之、松岡親利の松岡兄弟など)たちが各隊の隊長として、招集した者たちを取りまとめていた。
弔い合戦という大義名分の元に行軍は
さて、戸次軍一同は真っ直ぐに豊前・馬ケ嶽城へ向かわず、別府と府内を塞ぐように
その地は
「義兄上(安東家忠)、やはり
孫次郎は
「その旨は承知しているが、由原宮には宇佐神宮の使者殿が待機しているのだ。その使者から詳しく相手方の話を訊いたり、馬ケ嶽城までの道案内をしていただく
先の出陣式もそうであるが、大一番の勝負をする上で神社での戦勝祈願(願掛け)も不可欠であった。
勝敗の行方は戦力・戦略・戦術などが大いに左右するものではあるが、どんな準備をしたとしても実力があったとしても、万全を期してより勝利を掴むために、厄払い、験担ぎ、神頼み、神仏の御加護などで
それは戦いに対する心持ち…いわば精神面に影響する。
武家の子である孫次郎は何よりも戦勝祈願の重要性を心得ているが、戦の準備を整っていない内に襲撃をした方が勝算が高くなると
モタモタしていては千載一遇の好機を逃すのではないかと不安視する。
「そう急くな。それに
とは言っても孫次郎は
安東家忠は自身も初陣の時は極度の緊張で落ち着きが無かったのを思い出す。孫次郎より少しばかり年上であり、何度か戦に参加した経験はあるが、今でも浮足立っている。
先の
また孫次郎の義兄であるが為、恥ずかしい姿は見せられないのだ。
進軍していると、先を行っていた
「親延様、先の由原宮への通り道に、少なくとも百人以上の武装した集団が
その報告に周囲に居た兵士たちに緊張が走る。
豊後国内ではあるが、未だ食料を安定受給できない時代であり、周囲の村々から食料獲得の為に略奪があったり、または
また、この行軍は戸次家と、その一門が独断で軍を
民衆は何も把握しておらず、騒ぎになってもおかしくはなかった。
親延は落ち着いて尋ねる。
「して、その集団の
「はっ。左三つ
「三つ巴紋……由布殿か」
親延は予期した通りの軍勢だったので、傍にいた近習に進軍の停止と、後列の孫次郎に前軍の方へ来るようにと伝えたのだった。
~~~
孫次郎は安東家忠と十時惟忠に惟次たちを連れて言われた通りに前軍に向かうと、既に叔父の親延が左三つ
その者は孫次郎もよく知る人物…
由布は、その名の通り豊後の中央に在る
由布郷は古く
戸次孫次郎の実母は由布惟克の妹(お光…正光院)であるので、惟克は孫次郎の
また惟克も戸次親家の妹を
「由布の
「孫次郎、正月以来だな。ふむ、その大鎧。よく似合っているぞ」
「由布の伯父上もご息災で何よりです。伯父上、由布家もこの弔い合戦に参じてくれるのですか!」
「ああ。お主の父、親家は我が義理の兄でもあり、お主の母、お光は我が実妹。由布家は戸次家と親戚筋である故に、参陣は当然であろう」
由布家も十時家と同じく
大神出自の家(一族、一門)同士が婚儀を結ぶのは珍しくはなかったが、両家の兄妹同士が婚姻されたのは偶然ではない。
本意は惣領家の大友家による政略によるものであった。
大神派寄りの一族である由布家を戸次家との婚姻で大友派に取り込もうとしたのは誰の目から見ても明らかであった。
「親家の様態が良くない時に、この弔い合戦とはな。どうなるものかと思って心配したが、取り越し苦労だったかな。初陣の
惟克は自分の横にいる息子の名前を呼んだ。
孫次郎と同じほどの年頃であり、身長も同じ高さ。孫次郎に引けも劣らぬ上等な
「
黙したまま家続は軽く頭を下げた。
「家続、共に
孫次郎がそう声をかけても「ああ」と短い言葉を返した一方で、十時惟忠と惟次と視線が合うと、その視線を逸らしたのであった。
「……
家続の素っ気ない態度に惟忠が孫次郎へ聞こえるように言葉を漏らした。
「昔から家続と忠たちは折り合いが悪いな。何かあったのか?」
「俺たちの名の“惟”というのが気に食わないのでしょう」
家続は先の通り孫次郎と親戚であり、十時惟忠たちと同じく
そんな幼い時から、
家続は子供ながら……いや育った環境によって、由布家の立場を理解しているからこその態度だった。
孫次郎たちを
「惟克殿。参陣していただき、感謝いたす。当主の親家に代わりに改めて礼を申し上げる」
「なーに、先に述べた通り親家は我が義兄だ。義兄のために一肌脱ぐのは当然であろう。だが、急ごしらえ
「いやいや、
「はは、あまりおだててくれぬな。しかし、十時の
惟克は十時たちに視線を向けて呼びかけた。
「由布の惟克。
そう十時惟安が応える。
「なるほど、名目(表向きの理由)としては相応だな」
「どうとでも云うが良い」
十時惟安は由布惟克の意地悪な問答をはぐらかす訳ではないが、孫次郎や家続たちの方に視線を向ける。
「元服を迎えたと聞いたが、
「ああ。
大神氏族にとって始祖の大神惟基の『
それを破ってまで戸次親家の一字を、自分の子(家続)に
「解ってるよ。お主(由布)は大神氏族で
「……このぎこちない関係を
「そうか、そちらはまだ分かれているのか……」
「
「思わしくないな。この戦いが終わる頃までもつかどうか……」
「そうか……ならば急がないとな」
「では由原宮に急ぎ
由布と十時、そして戸次。
戸次家は豊後に下向してきた大友能直の孫である重秀が名跡を継ぎ大友庶子家となってしまい大神と分流してしまった三氏族だが、この弔い合戦で結束しようとしていた。
「ならば、由原宮までの道案内は由布家が先導しよう」
短い
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