07「戸次、軍立ち」
孫次郎を大将に任じて三日が経過していた。
その間、戸次一族や家臣たち
各地に散り散りとなった戸次一族が藤北の次に多く移住した片賀瀬(現・大分県竹田市)の
また戸次家に縁ある奉公人や
藤北館の
また農民たちは
だが、この時代では普通のことである。
製造技術や量産体制が整っていない中世時代において、武具は高価で貴重なものであり、ところどころ錆びていたり刃こぼれをしている脇差(刀)一本でも家宝ものの扱いだ。
自前の刀などの武器を持っている者は、源平合戦や元寇などの古戦で先祖が敵方から略奪したものだったりする。
戸次家にある予備の具足(防具)や武器を貸し出しているものの、さすがに全員分は有る訳が無く行き渡っていない。
また急ごしらえの上、武具だけではなく、兵法の
戸次家の
「えーこれぽっちかよ? もっとくれよ。兄妹なんだし、なぁお梅」
お
不満を口にした若者は兄の
「ここから豊前の馬ケ嶽まで三~四日ぐらいかかるのに、こんだけの量じゃ、一日分もあるかどうか……」
「仕方ないでしょう。急な戦仕度で備蓄していた米をかき集めて、こんだけなのよ。でも聞いたところだと道中で食料を補給してくれるらしいから、そんなに心配しなくてもいいんじゃないの」
「本当か?」
「ところで
「当然だろう。豊後に生まれ、大神の血を引く男児からには、戦で武功を立てるのが大願! して、ゆくゆくは戸次家の
「はいはい。武功なんか立てるよりも、
「おいおい、実の兄より戸次様の
「当然でしょう」と温かさの無い視線と併せて返したのだった。
「で、その倅様は?」
「今、
「儀式?」
梅と与次郎は上方にある藤北館へと目を移した。
~~~
藤北館の庭では、重々な鎧を着飾った家臣たちが勢揃いしており、
家臣が着ている鎧は、先ほどの農民たちの武具とは雲泥の差で、きちんと手入れがされており
特に孫次郎が着ている鎧は戸次家の当主に相応しく、鎧の
孫次郎の前面に
出陣式-
孫次郎は打鮑を食べては小の
次にかち栗、最後に昆布も同様の所作で食べては飲んだ。
藤北は府内(海)より遠く離れた山里のため、海の物(海産物)である打鮑や昆布は非常に貴重なものだ。
用意された打鮑や昆布は
僅かな量だからという訳ではないが、孫次郎はゆっくりと噛みしめて飲み込んでいく。
味などは感じなかった。心の臓が徐々に高鳴っていき、高揚していく。当然、酒に酔った訳ではない……はず。
この儀式は、敵を打ち(打鮑)、勝ち(かち栗)、喜ぶ(こんぶ)という縁起の良い語呂合わせで祝す、云わば験担ぎ。
いつの時代も
孫次郎は全てを平らげると、小中大の杯を持ち立ち上がった。
一枚ずつ力一杯に地面に叩きつけて割っていく。
だが孫次郎は粉骨砕身の如く全力を尽くし、敵を粉砕するという決意を込めて、叩きつけた。
全ての杯を割ると、
孫次郎は矢を
弦のしなる音が辺りに響き、やがて静寂が訪れる。
孫次郎は手にした弓を掲げ、「エイエイ!!」と叫ぶと、家臣たちが呼応し一斉に「オッーー!」と
これにて出陣式は
「それでは父上、行って参ります」
「うむ。此度の戦はお主の初陣だからこそ、駆け引きについては叔父上(親延)や内田たちの申すことに従うのだぞ」
「解っております。では、これにて」
家臣の声が轟く中、親家と孫次郎が短い言葉を交わすと、そそくさと足早に
数多くいる馬の中で、太く
馬の傍で待っていた近習から白星の
戸次黒の背に金紋を印した鞍が置かれており、
孫次郎は軽快に鞍へ
家臣たちも馬に乗り、列をなして後を追いかけていく。
戸次孫次郎、十四歳にして初めての
孫次郎の去りゆく姿を親家は黙くして見守っていると、式に参列していた十時惟安を始めとする十時一族が親家の近くに歩み寄る。
「本日は、お身体の方は良いようだな」
「病の身なれど、出陣式に寝込んでは武家の恥。して、十時惟安殿、十時の方々。此度の参陣、かたじけない」
藤北より東の地に十時村があり、その名を示す通り十時惟安たち十時が地頭として治める村である。
藤北と隣接なこともあり十時とは相応な付き合いはあるが、十時の者と血縁者が居ない戸次家の弔い合戦に参戦する義理などない。
頭を深々と下げる親家の肩に触れて、十時惟安は優しく語りかける。
「頭を上げてくれ、戸次殿……いや、親家殿。言っただろう、お前が困っている時に手を貸してやると。それに、これは戸次家の弔い合戦と聞き及んでいる。戸次家は元を辿れば大神よりの出自。ならば、これは大神の血を引く俺たち十時家の弔い合戦でもある。そういうことにしとこう。我らに任せて、安心して横になって勝報を待ていてくれ」
「その代わり、この戦に勝った後に美味い酒や海や山の
親家との会話に若い青年…
「
「惟安殿、
惟安の手を取り、今の精一杯の力で強く強く握りしめた。それは軽く手を振るだけで払えそうな握力だったが、その代わり以上に惟安が強く握り返した。
今度は頭を下げず、惟安と顔を見合わせ――お互いの瞳に涙が浮かんでいた。
惟安たち十時家の恩義に感慨しただけではないだろう。かけがえのない親友の信頼に胸を打たれたのだ。
いや、二人は察していたのかもしれない。これが今生の別れになると―――
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