04「宇佐よりの使者」


 府内 (現在の大分県大分市)。


 近くには雄大なる堂尻川(現在の大分川)が湾へと流れていく。

 川沿いには家屋や小舟が、沿岸にも安宅船のような大きな船が多数点在しており、内陸部の方はもっと沢山の屋敷や町家が建ち並んでいる。

 町の通り道は押し寄せる波のように人々が往来し、端々の露店での豊富な品々が売られては、華やかに賑わっていた。


 豊後国の中心地である“府内ふない”。

 (かつては府中とも呼ばれていたが、いつしか府内と呼ぶようになったと云う)


 古代より唐や朝鮮などのアジア大陸からの貿易品を、博多(現在の福岡県)から堺(現在の大阪府)への中継地として交易船が行き通う港町であり、大いに繁盛していた。


 また“府”とは『人が多く集まる所。またはみやこ・都』を意味している他に、“国府”を指している。

 そう、この府内には鎌倉より幕府の守護所が設けてられていた。


 賑わう町より南の方角に小高い台地があり、そこに一際大きく立派な館が建てられている。

 館の周囲を分厚く高い壁が取り囲み、櫓や幾重の土塁と空堀が築かれており、槍や刀を携えた兵士たちが厳重に警備していた。

 館というより“城”と云うに物々しい佇まい。


 ここが豊後の守護大名が住まう大友家の館。

 通称“上原館うえのはるやかた”と呼ばれている場所だ。


 館が在る台地は上野ヶ丘うえのがおかという地名があり、その台地上の原っぱに建てられた館……というのが所以だろう。


 その上原館の台地のふもとにて、二つの不審な人影があった。その人物たちは限られた者しか知らない抜け道……緊急時の隠し通路を通り、人目に付かないようにひっそりと息を殺し、警備兵たちに気づかれずに上原館へと入っていった。


 この上原館の主……大友義鑑おおとも よしあきは縁側に立ち、大きな欠伸あくびをしつつ、身体を伸ばしていた。


 先程まで府内の平地にて別の“館”建築について評定話し合いを行っていた。

 この時代では珍しい、二階建ての今までにない立派な館の構想が決まって、一段落していたところだった。


「……御屋形おやかた様」


 床下からの突然の呼びかけに、義鑑よしあきは身体が一瞬ビクッとなるも、聞き覚えのある声だったので、落ち着いて声の主の姿を確認する。


賀来かく殿か。一体何用だ?」


 自分の名を呼ばれた賀来と、もう一人の人物が腰を低くしたまま、おそるおそる床下から出てくると、膝頭を地につけ、改めて義鑑と面を向かわせた。


 賀来は、ここ府内より西の地にて高崎山の麓近くに在る由原八幡宮ゆすはらはちまんぐう(通称・由原宮。現代の名称は柞原八幡宮)の大宮司を務めている者であり、その由原宮は豊後一宮ぶんご いちのみやとして格式がある国鎮守。


 国司に関わる大友家は由原宮と深い関わりを築いているが、季節の行事や祭祀さいしなどの限られた時でしか大宮司は府内に訪ずれない。


 その賀来が事前伝達も無く訪問した時点で、義鑑は只ならぬ事件が起きたのだと推察し、出来る限り気持ちを落ち着かせる。


「急にお訪ねして申し訳ありません。なれど、火急の件でございまして」


「何があったのか? して、その者は?」


 賀来の隣に居た人物は義鑑も見慣れない者であり、当然のように尋ねた。


「かの者は宇佐神宮の使者でございます」


「宇佐神宮から?」


 宇佐神宮……八幡総本宮・宇佐神宮のことである。

 その名が示す通り全国八幡神の総本宮であり、古代より大和朝廷と深い関わりを持ち、伊勢の神宮につぐ第二の宮として高い格式を持っている。

 先の由原宮は宇佐神宮の分社だ。


 かつては豊前もとより九州のみならず、遠くみやこの朝廷にも権威を誇示していたが、平氏や源氏などの武士たちが台頭するにつれて、宇佐八幡宮の勢威は徐々に失墜していった。

 それでも今だ地元の豪族や朝廷と強い繋がりを持ち、一定の力を保持しているのである。


「詳細は、こちらをお読みください」


 賀来は書状を義鑑に手渡した。

 不可解な面持ちで開封して目を通すと、義鑑の身体がふるふると震え始める。


「……これは、まことか?」


 書状の筆跡や花押かおうは、見知った宇佐大宮司のものであると判別できており、ましてや由原宮の大宮司である賀来が帯同しているのは、宇佐神宮の使者であると証明するためだ。


 所在確かな出処の書状の真偽を問うのは無粋だったが、それでも確認したくもある内容だった。


 宇佐神宮の使者は答える。


「嘘偽りはございません。大内にたかられた佐野や間田の諸々の国人衆が、豊前国、馬ケ嶽城(福岡県行橋市の地域)にて大量の武具や兵糧が運び込まれており、人足を集めておりました。状況から宇佐もとより豊前一帯を支配をせんと、まさしく合戦の準備を進めているのを、しかとこの目で確認しております。この事を我が宇佐神宮、大宮司様より仰せつかり、大友様にご注進せし、処遇の是非を伺いにまいりました」


「そうか……」


 義鑑は頭の中で思考を巡らす。

 大内家との関係、遠方の地である豊前国・馬ケ嶽城うまがだけじょうまでの兵站へいたんや軍役、それに伴う影響など。


 いや、そもそも――

 今、大内家は出雲の尼子あまご攻めで手が回らない状況のはず。

 豊前で事を構える余裕があるようには考えられない。


 それに大内義興の娘を自分義鑑の正室に迎えており、大友家と大内家は実質同盟を結んでいる状況だ。

 しかし、婚姻や同盟など大功を果たすためには簡単に破棄されてしまうもの。また、大内家と大友家は長年お互いに騙し裏切られてきた因縁がある。信用し過ぎても危険なのだ。


 出雲に集中している大内家の為に、佐野なにがしや間田なにがしが豊前国の支配地域を拡大させようと独断で行動している可能性が高い。


 豊前国の守護職を大内家が幕府より任じられてはいるが、豊前国を治めているのは実際のところ、宇佐神宮だ。

 この度の合戦が起これば一番の影響を受けるのは宇佐神宮。もし、完全に豊前国や宇佐神宮が大内家の手に落ちてしまえば、ここ豊後国への大内家の影響が強くなっていく。それは看過できない。


 宇佐神宮の為の出兵というより、大友家の為の出兵である割合が大きい。


 改めて宇佐大宮司の書状を見る。


「豊前国の馬ケ嶽城か……馬ケ嶽城!? 使者殿よ、確かに馬ケ嶽城であるか?」


「は、はい。佐野や間田たちは馬ケ嶽城にて合戦の準備を進めている模様です」


「馬ケ嶽城か。ならば……相分あいわかった。この事は早急に講じる。沙汰は追って賀来殿に言い渡す故、暫し由原宮にてお待ちを」


「かしこまりました。何卒よろしくお願い存じあげます」


 賀来と宇佐神宮の使者は床下へと潜っていき、先ほど来た道を戻っていく。

 義鑑は二人が立ち去るの見計らい、直ぐに踵を返しては叫んだ。


「斎藤、角隈。るか? すぐに紙とすずりを……いや、馬を用意してくれ」

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