03「大神氏と大友氏、すなわち大分なり」
藤北館の広大な庭の一角。
普段ここは家臣や小者や
「さて、本日は多対一の戦いでも指南しますかな。準備は良いですかな?」
両手に木刀を持ち構えている十時
孫次郎たちも愛用の得物を手にして準備万端。
孫次郎は
「戦場で一対一の戦いなど二百年前ならいざ知らず、いまでは集団戦法が主流ではあるが……一番乗り、一番槍、一番首は
十時惟通は息子である惟次の元へ瞬時に詰め寄り、木刀を狙って、下から斬り上げた。
――カンッ!
打ち上げられた木刀が宙に舞う中、十時惟通は惟次の喉元に木刀の切っ先を突き差した。もちろん寸止め。
「真っ先に弱い奴を狙い、なんとしてでも数を減らせ。一人でも殺れば、他は思わず怯んでしまうものだ」
息子だからこその隙を狙った訳でもあるが、弱者と定められことに惟次は内心立腹してしまう。
そして孫次郎と
十時惟通は孫次郎へと故意に接近して、太刀を受け止めると、激しい斬り合いへと展開していく。
いくら孫次郎が鍛えているとは云え、まだ十代の若造。十時惟通ほどの剛の者ならば簡単に打ち払えるが、あえて打ち合っていた。
惟忠への壁にするように孫次郎を誘導しているのだ。
「背後や側面を攻めさせられないように、多勢の中でも一対一の状況を作り出せばいい。このように対人で他の相手を攻めさせないようにしたり、木や岩などを障壁として利用しても良い」
打ち合いながら語る十時惟通。
動く相手を誘導させるのは、よほどの腕前と実力差がなければ実行は無理だろう。
このまま打ち合っていても埒が明かないと、孫次郎は一旦離れる為に後ずさりするも、十時惟通は左手に持っていた木刀を投げつけた。
「なっ!?」
孫次郎は木刀の柄の間で防御するも打突の勢いを止められず、ふっ飛ばされ――後ろにいた惟忠を巻き込み衝突させたのだった。
「まだまだですな、若。それとも少し早いですがここらで休憩でもしますかな?」
孫次郎は起き上がり、下敷きとなった惟忠に手を差し伸べては立ち上がらせた。
「何を云うか、まだだ。
「良い心意気です。流石は戸次家次期当主。今度は手加減はしませんぞ」
戸次孫次郎、そして十時家の人々。
戸次家と十時家。
元々両家の祖は“
大神惟基とは、
その大神惟基が戸次氏、十時氏などの豊後37姓氏の祖となり、豊後一帯を支配する豪族へとなっていき、やがて大神氏族は屈強な戦士として「
横道に
現実的な出自の説としては、宇佐神宮の神官であった大神氏が豊後へ進出し支配した説。または大和朝廷の官司だった
どちらかが真実なのか断定は出来ないが、大神惟基の五代後の子孫である“
時は流れ、大神氏族の運命を左右した戦い…“源平合戦(治承・寿永の乱…
日本全国が源氏と平氏の争いに感化されて、各地方の豪族たちが武装蜂起・挙兵を起こし、大乱の渦が巻き起こった。
緒方惟栄は源氏に味方して平家討伐に貢献したのだが、謀反人となった“源義経”に加担したことを咎められて流罪にされた。
頭領(緒方惟栄)を失った豊後へ、
鎌倉幕府・大和朝廷から豊後守護職に任命されたとはいえ、余所者(大友氏)に豊後を統治されるのは地元民としては
大友能直は頭領を失っても豊後を実質支配していた残存の大神氏族を平和的に配下に置くために、自分の子たちを大神氏族へ
戸次氏は大友親秀の子・重秀が
こうして大友氏と大神氏、
大友能直が豊後に下向して、約三百年以上の月日が経過して土着化は進んでいったが、大友氏に
かくの如き大神氏族は、偉大なる祖・緒方惟栄の誇りと豊後支配の正統を忘れぬ為に名に『
十時家本家…十時惟安。その子、十時惟忠。
十時家分家…十時惟通。その子、十時惟次。
十時家は大神氏派寄りであるが――今、この藤北の地にて、大友派の戸次家と大神派の十時家が共に鍛錬して汗を流している。
歪な関係の中で親交を築けているのは“戸次親家”の存在が大きかったのだったが、その
大友と大神――現在の県名の如く両一族の間は分かれており、未だ深き因縁の火種が
藤北より遠方の地……豊前にて、戸次家にとって因縁の場所より、火の手があがろうとしていた。
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