02「戸次氏十三代目、戸次親家」
鎧ヶ岳の
この
屋敷の周囲に石垣や空堀、土塁を築いてはいるが最低限の規模でしかなく、城や砦というよりは
藤北館には、この地を納める地頭の戸次氏十三代当主、
親家は
「この格好で失礼する。
十時家本家の
ただの親戚同士で、
「ご無沙汰しております、親家殿。お
代表として本家の
元来、親家は体が弱く病気がちであるが、以前に会った時よりも痩せ細った弱々しい体つき。顔色は青く、喉に引っかかる
「正月が過ぎた頃に、悪い風邪に
「ならば、美味くて精が出るものを食べて
それは、ザルにこんもりと盛られていた
「おお、これは見事な“
親家のみならず、周囲にいた者たちからも思わず感嘆な声があがった。
贈られた
一般的に傘が開いた状態の乾し椎茸よりも香りが芳醇で、味も濃厚のもの。
現代で椎茸は手軽に親しまれているが、人工栽培が確立されていないこの時代では天然採取しかなく、当然採取量はごく僅か。格別の希少品であり、庶民どころか将軍や貴族、
つまり椎茸はこの時代では至高の逸品なのだ。
この高嶺の花(キノコだけど)の椎茸が、この豊後(後の大分県)の地で人工栽培方法が確立されて、普通家庭の食卓に並ぶようになるのは別の話し――。
「
ふと親家が思い出し笑いをすると、つられるように
三人だけの共通の思い出が“冬菇”を通じてよぎったのだ
「これほど立派なものであれば、御屋形様に食して貰いたいものだが……」
貴重品であるからこそ、親家は当主に献上した方が良いと口に出してしまうが、
「そういうことを言うと思ったから、こうして俺たちが
惟安と惟通は呆れた表情を浮かべてしまう。
「相も変わず……その忠義には敬意を払うが、今は養生して体調を戻す方を優先するべきではないか。大友の御屋形殿も、それをご所望しているだろう。ほれ、これはお主のだ」
惟安自ら、冬菇が乗ったザルを持ち、親家へとしかと手渡した。
「はは。では、ありがたく頂くよ。みなで
「……親家殿、家臣で無い者が言うのも何だが……そろそろ、ご子息の孫次郎に家督を継がせて、お主は隠居して、ゆっくりしたらどうだ? 確か、若殿(孫次郎)の
他家の跡目相続に口を出すのは
「隠居に、元服か……」
親家は四十歳を越えており、その年齢での隠居は特段珍しくない。
また体調が思わしくなく病弱ならば、なおさら負担軽減の為、早々に息子の孫次郎に家督を継がせて、
元服は一人前の大人として認められる十歳~十五歳で行うのが習わしであるも、伝統ある武家の元服はその年令に達したからといって
武家としての厳格な
「親家殿から大友の殿様に推挙すれば反対もされないだろう」
しかしながら、孫次郎を元服させるには心に引っかかていた。
「
「そうですな……。
惟安が評すと、惟通も頷いては同意を示す。
我が子が褒められたのならば親は喜ばしいものだが、親家は沈痛な面持ちを浮かべていた。
「そうか……」
「なにが気掛かりでも?」
「いや……孫次郎に戸次家の役目や心構えを教えきれていない。あやつに戸次家たる
神妙な言葉の重苦しさを吹き飛ばすように、惟安は一笑した。
「しゃっち、そんなに気に病むものではない。それこそ
隠居したからといって全てを退く訳では無い。
生まれつき病弱の身である為に、短い命であると若い時から覚悟している。だが、惟安たちに要らぬ心配をかけまいと、親家は心の
その代わりにと、親家は「ゴホゴホ……」と出来る限り小さく咳き込んだ。
「孫次郎は、武士に……源義経に憧れを抱き過ぎている面がある。戸次家の当主となるならば、武の強さよりも示さなければならぬ“義”があるというのに……」
形の無いものを言葉で説明しようとしても伝わり難いものだ。
自らが経験にした時にこそ深く理解をするものである。
「あ、若様。何処に行かれていたのですか。十時様がお見えになられていますよ!」
女中の一段と大きな声が廊下より響き聞えてくる共に、ドカドカと足音も近づいてくる。
「噂をすれば、ご子息が帰ってきましたな」
惟通がそう口にしてすぐに、上着を脱いで上半身の素肌をさらした孫次郎が部屋にやってきた。
鎧ヶ岳より駆けてきたので、冬の冷たい気温も相まって身体から湯気が立ち登るのが見え、汗まみれとなっていた。
「孫次郎。只今、帰参いたしました。十時殿、よくお越しいただきました」
孫次郎の不格好な姿に父・親家は眉をしかめる。
「なんだ、孫次郎。その姿は?」
「鎧ヶ岳より足早で駆けて馳せ参じましたので。ところで、父上は起きても大丈夫なので?」
「ああ、客人(十時)が来てくれているのに横になっていては失礼だろう」
「左様で。それならば父上が毎日起きてくださるならば、十時殿がたにこのまま滞在して頂いた方がよろしいですね」
そうこうしていると惟忠と惟次も到着した。
「十時殿、さっそくですが、お約束の剣術の稽古をお願いいたします」
惟安と惟通が顔を見合わせると、惟安は頷いて、惟通が腰を上げる。
「それでは
孫次郎を先導して、惟安たちと鍛錬場の庭へと向かって行った。
その後ろ姿を見つめる親家。
惟安は親家と孫次郎の間に微妙な隙間を感じ取った。
「親家殿、こう言っては何ですが……」
「こんな
「そうですか……。若殿は、親家殿の本当に強い所を知らんのですな」
「強いか……。私は強くなど無いよ、惟安殿……」
親家は小さな声で呟き、稽古をする孫次郎を眺めた。
本当ならば武家の家長として、“父”として剣術の指南をするべきなのだが、それが出来ない自分への不甲斐なさに
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