一章 立花(戸次)道雪の初陣 大永6年(1526年)
01 「戸次孫次郎、十四歳」
時は
府内(現在の大分市)より遠方の南の方角に位置し、山々と深い森に囲まれた場所にて先人たちが切り拓いた
鎧ヶ岳の山道を難なく駆け登っては、険しい獣道も物ともせず、まるで鹿のように跳ぶが如く軽快に駆けていく人の姿があった。
まだ“少年”と呼ばれてもおかしくない年頃であったが、何事も恐れぬ勇ましい顔つきに、身体つきは大人よりも
幼年の頃より鎧ヶ岳を
かといって
着ている小袖の素材は
また
元服をまだ迎えていない少年が高価な刀を所持しているのを見るからに、武家出身であるのは明白だろう。
少年は自分と同じ源氏の系統の者である、かの“
この天狗は野生動物だったのではないかと、少年は思い浮かんだ。
十年近く鎧ヶ岳で修練しているが、これまで天狗という
武家の子であるならば、源義経は伝説の武士であり、憧れの人物でもあった。
いつか自分も義経のように
その為にも昼夜を問わず、日々の鍛錬に勤しんでいるのだ。
駆け足のまま山頂に到着した。流石に息は切れてはいるが余力は残っているらしく、休憩は取らずに次の日課の鍛錬……山頂に高々と生えている大木によじ登った。
瞬く間に木の
少年は、ここから一望できる景色が好きだった。
吹き抜ける心地よい風を受ければ、疲れは風と共に吹き飛んでしまうほどに。
先の義経のように戦で活躍し、この豊後国だけではなく九州、ゆくゆくは日本全土にまで自分の名が轟ければ、
まだ恐れを知らない自信と勝ち気に溢れた表情を浮かべた少年の名は――
「おーーい、孫次郎ーーー!」
高い場所から眺めると、こちらへ向かっている三人の姿。見知った顔だ。
木に登ったので自分を確認できたのだろう。
先頭を行く汗だくの人物は
孫次郎の家に仕える家臣であり、また孫次郎の実姉が嫁いだので義兄でもある。
そして家忠の後ろに居る二人は、
孫次郎と同じ年頃で、二人は兄弟ではなく親戚の間柄ではあるが双子と見間違えるほどに顔が似ていた。
孫次郎は
高所からではあったが地面に着いた瞬間、両膝を曲げて衝撃を緩和させて、無事着地したのである。
三人も山頂に到着するや孫次郎の元へと近寄り、汗まみれの安東家忠が絶え絶えとなった息を整えつつ話しかけてくる。
「やっぱり、はあはあ……ここにいたか、孫次郎。はあはあ……」
「ええ。ところで兄上、どうしてここに?」
「十時殿が参られたので、それを報せに来たのだ」
「そういえば、前に十時殿から剣術の稽古をつけていただく約束していたが、もう来たのか?」
「ああ、
「なるほど。で、そのことで、わざわざここまで?
「狼煙を使えば、お前だけではなく周囲に何だと思われるし、下手したら狼煙が府内にまで見えてしまったら一大事だ。それに
十時家は
二人の話しに
「それに安東殿はこの頃、事務方ばかりというので、父たちから身体を動かせと云われ、こうして
「それはご苦労なことで、兄上。それじゃ館まで戻るか。
孫次郎はそう云うや否や駆け出すと、慣れた様子で惟忠と惟次も即座に追いかけていく。
場に取り残された安東家忠の「あ! ちょっと待った、孫次郎!」と叫んだ声が
後に
この時、十四歳であった。
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