02「雷神」
四方を山に囲まれ、僅かな耕地に田畑を耕して営んでいた。決して豊かな土地柄ではないが、暮らせる土地があるというのは先祖代々より
それは元々、
なお、“へつぎ”から“べっき”と云うようになったのは、おそらく時の流れで呼びやすい方に変化していったか、地名と紛らわしかったので言い換えられたのではと考えられるが、定かではない。
戸次氏は、元は豊後に古くより住まう大神氏流の臼杵氏の出の者だったのだが、鎌倉時代、戸次家に
こうして戸次氏は大友能直公を祖に持ち、その系統から時の幕府の要職に就くほどの名門だった。
しかし、先祖が時の幕府から
流れに流れて、府内より遠く山深い場所――ここ
戸次鑑連……この時、
今回も
藤北の村の広場で村民たちが集って話し合っていた。
「
「ええ、そうでございます。つい最近、山(鎧ヶ岳)へ山菜を採りに行った女たちが熊や猿とは明らかに違う生き物と遭遇しまして、命からがらに逃げてきたのです」
「熊や猿などではない?」
「ええ。動物とは違う只ならぬ気配だったそうです。まさかと思いますが、
「なるほど」
「それで山狩りをしようと人手を集めていた……というより、戸次さまたち
「あい、解った。あとは俺に任せておけ」
馬上のままで長老から話しを聞いた親守は手綱を引き、馬を歩かせる。
「戸次様、何処へ?」
「決まっているだろう。化物退治をしに行くのだ」
「お一人でですか?」
「ああ、他の者は歩きで帰ってきたのもあり疲れている。化物の一匹や二匹、この親守に任されよ!」
得意満面に宣言すると長老たちの呼び止めも聞かず、鎧ヶ岳へと向かって走りだしたのだった。
藤北の北西には、鎧ヶ岳、烏帽子岳、雨乞岳と名付けられた三つの山(峰)があり、その
城といっても普通の家屋が建てられ、柵や堀、岩を積み重ねた塁が築かれている程度のものだった。
城ではなく館といった方が相応しく、周囲からも藤北館と呼ばれていた。
つまり、鎧ヶ岳城は敵を食い止める戦う城ではなく、その地域の支配権を誇示したり、敵からの侵攻を受けたとしても足止めの時間稼ぎをする為の場所なのだ。
親守は藤北館には立ち寄らず、そのまま鎧ヶ岳へと向かっていった。
幼き時より鎧ヶ岳の周囲は鍛錬場であり遊び場だった。夜遅くまで駆け巡り、勝手知ったる我が庭。目を瞑って進んでいても何処へ行くのか把握できるほどに。
「やはり熊と見間違えたのだろう」
一通り散策したが
当時、まだ九州に熊が生息しており、藤北の山奥でも出没してもおかしくはない。ただ、九州の熊は大きくても人間の大人ぐらいの背丈であり、出くわしたとしても自分一人で充分立ち向かえられると自分の実力を自負していた。
また本当に化物や妖怪であるならばと、より心が高鳴ってしまう。
もし仕留めることが出来たのなら、その名声は豊後どころか九州、いや全国へと響き渡るだろう。
もう一廻りしようとしたが、馬が疲れている目をしているのに気付く。
「これまでずっと休まずに歩かせたからな。しょうがない、暫し休むとするか。戸次黒」
鎧ヶ岳と烏帽子岳の中間地に一際高い大樹が生えていた。馴染みある大樹の変わらぬ姿に、故郷に戻ってきた実感する。
馬を放し、親守は大樹の下に腰を落とそうとした時だった――眩い閃光が
衝撃波と共にけたたましい爆音が轟き、親守は吹き飛ばされてしまう。
受け身を取り、すぐさま身体を起こしては何が起きたのかと見渡す。
「なっ!?」
大樹は真っ二つに裂けて、燃焼していた。
晴天にも関わらず、雷が落ちたのだ。まさに青天の
だが、驚天の出来事はそれだけではない。燃えゆく大樹の先に“人影”が見え、一目でただの人間ではないと判断できるほど異形の姿をしていた。
成人男性の三倍ほどある大きい
「貴様が村を騒がしている化物だな。我が
だが、鬼に怯える親守ではない。
親守は腰元に携えていた
柄に鳥の飾りが在ることから名付けられた千鳥は
元は大太刀であったが、長い年月をかけて研ぎに研がれて短くなり、脇差に仕立てられたのだった。
「ワレ…ニ、逆ラウ者ハ、死ヲ…与エン……」
そう聞こえた。人の言葉を語られるのかと驚嘆する間もなく、鬼が右腕を上げて振り下ろすと雷が放たれた。
親守は咄嗟に跳び避ける。
「っ!?」
轟音と爆発が起こり、先程自分が立っていた場所に大きな穴が出来ていた。
大樹を割いたのも、この力……雷によるものだと察した。相手は雷を自在に操る。まさしく妖かしの類。
戸次家――
それにこの化物をここで見逃し、麓に下りてきたとしたら村に害を及ぼすだろう。
――そうはさせてなるものか!
「ウオオオオオオオッッッッーーー―!!!!」
全ての力を込め、鬼に斬りかかる――も、鬼が雷を放った。
「っ! ぐああああああっっっ!!!」
巨大な雷が親守に直撃する。
バチバチと電撃が身体を駆け巡り火傷が覆い、激しみ痛みが襲う。
だが、親守は倒れなかった。止まらなかった。
目は見開き、鬼を捉えたまま。
柄を握り潰すほどに力を込めて、千鳥を振り下ろした。
一刀両断!
「ウギャャャャァァオオオオオァァァァ!」
鬼は真っ二つとなり、
「成敗! ……っあ!」
鬼を打ち倒して張り詰めた気が緩み、今になって雷で打たれた痛みが激しく全身を駆け巡り、親守は気を失ってしまったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます