雷鳴と稲光~立花道雪遺香~
和本明子
序章 雷切 天正4年(1576年)
01「雷鳴と稲光」
今で言う九州の福岡県北部の地域が“筑前国”と呼ばれていた時代。
時は天正四年(1576年)。
アジア大陸の明国や朝鮮、ヨーロッパの南蛮との貿易で栄えた港町・博多より北東の位置に、小高く広大な山群……立花山がそびえ立っていた。
古代よりクスノキが生い茂る立花山は七つの峰を持ち、
立花山全体を
最高峰の
雲間からゴロゴロと鳴る音に気付き、一雨が来る気配を感じ取ると、櫓下に居た者へ「一雨が来そうだ。女中たちに教えてやれ」と伝えた。
一方、立花山城の本丸にある評定の間では、外の曇天のよ重々しい雰囲気の中、城主と重臣たちによる
参加者の“大人”たちの誰もが、厳つい顔つきに身体中に刀や矢の傷が刻まれており、歴戦の
そんな
あまつさえ、その内の一人の子供はまだ十歳も満たない女子で、それにも関わらず、
なぜなら、少女の名は
もう一方の子供……少年ではあるが、既に
さて、誾千代の隣には
道雪は重々しい雰囲気を纏わせており、この場にいる中で誰よりも
「秋月の様子はどうだ?」
と道雪の近くにいる顔が傷だらけの中年の男性……
「今のところ大人しくしておりますが、秋月の手の者が龍造寺と接触している機会が増えているそうです。もしかしたら龍造寺と示し合わせて、
参加者たちは城主である誾千代よりも道雪に向けて意見を述べては、判断を伺っていた。
道雪は床に置かれている九州の全体が描かれた地図を眺めつつ、九州の南方……薩摩(今で言う鹿児島)の方に視線を向ける。
「秋月や龍造寺の動きも気になるが……島津も気になる。木崎原の戦いから数年……日向も落ち着いており、本格的に動いてきてもおかしくない頃合いだろう」
「島津がですか!?」
「だが侵攻するにしても、島津が大友領内に侵攻することはないだろう。斎藤殿からも島津の方でも大友と一戦するには慎重派が多いと聞いている。島津が攻めるとしたら、まずは龍造寺の方だろう」
「しかし、島津と龍造寺が手を組み、我が方へと攻めてくるとも考えられますが……」
「あのアクの強い者同士が手を組める訳がない。それに龍造寺と島津で縁組の話しも出ていないところ、同盟もなかろう。遅からず、島津は龍造寺を攻めるだろう」
情勢を語る大人たちの内容に、誾千代たち子供はしっかりと理解していた。
誰が自分たちの敵であり、気をつけるべきなのかを把握しておかなければならない。この時代では当然の心構えであり、評議に参加している
一通り話しが終えた時だった――
ピカッと
近くに落雷したのだろう。流石の
次々と雷光が
空が光る度に城の女中や近習たちが悲鳴をあげて、ひどく怯えているのが伝わってくる。
しかし、大人でさえも雷の威に恐怖する中、二人の子供は平然としていたのである。
特に女子である誾千代が全く動じない姿に少年の父である……
鎮種は立花の家臣でなく、ここより南の太宰府にある岩屋城と宝満城の二城を任せられた城主であり、此度の評議に招かれた客将であった。
「誾千代さまは雷が怖くないのですかな?」
鎮種の何気ない問いに、誾千代は自信満々に答える。
「雷神さまよりもお強い父上が側にいるからです。雷神さまも我が父に怖れて、雷を鳴り響かせているだけ。たとえもし雷神さまがここにやってきたとしても、父上が追い払ってくれますでしょう」
他愛もない内容に道雪や重臣たちは笑みを浮かべてしまう。
――雷神・道雪――
その異名を知る者としては、確かにそうだと納得した。だが、少年の方は少しだけ眉根を寄せた。
その素振りに気付いた訳ではないが、
「しかし、
今度は道雪が訊ねた。
他の大人たちも彌七郎と呼ばれた少年の平然とした態度に気付いており、一同は彌七郎の方へと顔を向ける。
「雷はただ眩い光を発し、大きい音を鳴らすだけに過ぎません。直に雷が打たれたとすれば
理路整然とした答弁に、彌七郎の父・鎮種は黙して聞き取り、周囲の家臣たちは元服前なのに肝が据わっていると彌七郎を内心で賛称した。特に由布と薦野は彌七郎に熱い眼差しを向けていた。
「ところで戸次さま、先ほどのお話で雷神さまよりお強いと誾千代さまが仰っておられましたが、それは一体どういうことなのでしょうか?」
彌七郎は先ほどの誾千代が言った内容に気になっていた。
――雷神より強い。
確かに戸次道雪の武勇・武功は父の鎮種から聞き及んでおり、足が不自由であるにも関わらず、鋭敏で勇ましさは
そこへ鎮種が察して言う。
「そうか彌七郎は、道雪殿の
「雷切?」
「昔、道雪殿は雷神さまを切り伏せたことがあるのだよ」
「雷神さまを……切り伏せた!? それは本当なのでしょうか?」
鬼などの
桃太郎の鬼退治や
直接本人へ真意を問い正すように……道雪へ好奇心溢れる羨望の眼差しを向けた。
道雪は口元を
「誾千代や、
そう言いつけると、誾千代は「はい」と返事をした後、言われた通りに床の間の刀掛け台より一本の太刀を携えて、丁寧に道雪に手渡した。
道雪は座したままで鞘から抜くと、鋭く照り輝やいた大きく反った刀身を見せつけた。
「この刀は、元々の名は千鳥であったが、わしが雷神を切り伏せてやったのを機に雷切丸と名付けたのだ。ほれ、ここを見よ。雷神を切った
道雪が指差した箇所……刃の先端部分に点々と白濁の痕が在った。明らかに直刃の波紋とは違う模様だと伺い知る。
刀身の美しさは武士の誉れであり誇りでもある。それなのに
道雪は目を細めて刀身を眺めつつ、しみじみと感じ入る。
「この痕を見る度に雷を受けた古傷が痛み、あの時を思い出すのう……。そうだな、評議も早く終わったことだし、良い機会だ。わしが雷神と戦った時の話しをしてやろう。あれは……わしが
道雪は懐かしさと若き頃の苦い思い出を噛みしめるように語りだしたのであった。
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