第七話「感染という現実~"焼かない炎"驚愕の実態~」

「こっちも仕事だ、ちいと本気を出させて貰おうか……」


 魔神竜は沈黙し歯を食い縛る。

 1.5倍ほどに伸びた角が紫色に発光し、喉元が若干膨れ上がる。

 そして

「ガァッ!」

 魔神竜は三治目掛けて紫色の火炎を吐く。

 それなるはまさしく、竜という魔物の代名詞たる必殺技"吐息(ブレス)"そのものであった。

 然しそのブレスは勢いが強いばかりで、ブルドッグ巨漢の皮膚を焼くには至らない。

「へっ、なんだよこりゃあ! 火炎放射のつもりかぁ!? まるで壊れかけのドライヤーだなぁ!?」

 最早動く必要すらない。こうして堂々と構えているだけで、攻撃が無意味だという現実を見せつけ、相手を追い詰めることができる。

 全く楽なものだ。あとは相手が疲れるのを待って、こちらから攻撃を仕掛ければいい。

 三治は内心そのように思っていた。だから回避も防御もせず、無意味なブレスを全身で浴び続けた

 の、だが

「おうおう、そろそろ諦めろや! そんなエアコンレベルの温風なんざ、どんだけ当てようが無駄なんぶごぼぁっ!?」

 唐突の嘔吐。続けて激痛。

 口腔内に鉄の味、雪の上には赤い斑点。

 即ち、吐血に他ならず。

「な、ん゛ら゛こ゛、ぶぇあ゛あ゛っ!?」

 二度目。鉄の味は濃くなり、赤い斑点が肥大化する。

 間髪入れず頭痛と腹痛。程なくして倦怠感。腸(はらわた)が軋むように悲鳴を上げる。

 皮膚もまた爛れ、出血が止まらない。


 三治は、自分の身に何が起こっていたのか理解できずにいた。


(ぐ、くそ、なんだ、これ……)

「……」

(ちくしょう、なんか言え、なんか言えよっ!

 こういう時、説明すんのがてめーみてぇな奴の作法だろっ!)

「その目……お前はこう思ってるんだろう?

『おい、こりゃ何だ!? 何がどうなってんだ説明しやがれ!

 こういう時に説明すんのが作法、流儀ってもんだろうが!

 俺は所詮セックスしか頭にねぇ白子脳味噌、最終学歴小学生中退なのを言い訳に振りかざして無知無学をひけらかすだけの底辺以下なんだぞ!

 自分の置かれた状況を理解する頭脳なんてあるわけねーだろ!』

 と……」

(この野郎っ……こっちが喋れねぇのをいいことに好き勝手言いやがって!

 第一俺の最終学歴は中卒だ! そりゃ小3辺りからまず学校自体にそうそう行ってねーし、行ったとして授業になんざ出なかったがな!

 それでも義務教育なら生きてる限り学籍はあるんだから中退なんてあり得ねーんだよ!)

「……『俺は中卒だ。授業には出なかったが義務教育なら中退はあり得ない』ってか?

 まあそうだが……始終授業サボり続けたんなら実質中退だろ。そも世間一般、中卒以下は恥じこそすれ誇るような学歴じゃねぇ。

 まあ中卒でも有能な奴や偉人聖人なら賞賛もされようが、そういうのは能力や人格に対する評価であって学歴そのものは結局なあ。ましてお前じゃなあ……。

 俺との取引に応じてさえいりゃ、そうもなれただろうになぁ……。

 取引蹴った上に討魔玉も手放さねぇなら、もう殺すしかねぇよなぁ」

「ぐ、ぶぼっ、ごぼばっ!」

「あー、喋んねぇ方がいいぞ。もう免疫でどうこうできる領域じゃねぇ。抵抗しても病状悪化して寿命縮むだけだ」

(免疫に、病状だとぉ!? まさか、あの時俺が浴びたのはっ……!)

「その表情、感付いたようだな。なら答え合わせと行こう。

 結論から言えばお前は″感染″している。″病死″は時間の問題だろう」

「……!」

「おっと、口を開くな? まだ病死すると決まったわけじゃねぇからな。

……さて、解説を始めようか。

 そもそも、さっきの火炎ブレスっぽい技、ありゃ炎に見せてるだけでものを燃やすような作用なんてねーんだわ。

 んじゃ何なんだっつーと、その正体は細菌ブレスとでも言うべき代物よ。まあ厳密には細菌とも違うもんだが、ともかく俺の体内で増やした微生物をブレスで撒いて敵に感染させるのさ。

 つまり、お前はあのブレスに触れちゃいけなかったわけだ。避けるのが嫌なら雷の壁でも作って焼き払ってりゃ良かったのになぁ、そらすら億劫だからと身体で受けちまうんだからなぁ。そりゃそうなるのも無理ねぇよ」

(さ、細菌っ!? あの見た目で!? そんなのわかるかよっ!)

「『あの見た目で細菌はねーよ』ってか? バカ野郎、そんなん那由多も承知だわ。あからさまに細菌散布とわかるビジュアルや挙動だったら賢い奴にゃ即座に対策練られちまって殺すつもりが威嚇や牽制にしかなんなくなっちまうだろ。だからこのくらいで大丈夫なんだよ。

 さて……それでだがな」

(な、なんだ……?)

「なぁオッサン、やっぱ俺さ、あんたを殺したくないんだよ。

 ここまであんた見ててさー、そら確かに? あぁこいつ底辺以下なんだなって思いもしたよ。したけどさ? それでも何だかんだ素質はあるんじゃねぇかなっても思っちゃうんだよね。

 世辞にも誉められたもんじゃないけど決めたことを最後まで諦めない根性とかすげーなとか、あと俺へのツッコミもキレッキレだしさ。

 けど俺には俺の役目ってのがあってさー、退くわけにもいかねーんだわ。

 だから頼むよぉ。とりあえずその手に持ってる討魔玉、手放してくんね? 簡単だろ? ただ握り締めてる手をぱっと開くだけでいい。そしたらあんたを助けてやれるんだ」

(なに……?)

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