第八話「決着~引導~」

「だから頼むよぉ。とりあえずその手に持ってる討魔玉、手放してくんね? 簡単だろ? ただ握り締めてる手をぱっと開くだけでいい。そしたらあんたを助けてやれるんだ」

(なに……?)

「実を言うとあんたを今苦しめてるその細菌どもはとても真面目でな、大抵何時でも全力で俺の頼みを聞いてくれるんだよ。

 今はあんたを苦しめず生かしておいて欲しいと頼んである。とは言え無理に動こうもんなら身体に負荷がかかって死んじまうからじっとしてろよ?」

(……何言ってんだこいつ)

「で、どうするね? 細菌どもに頼めばお前をある程度治療することも、そのまま一気に殺すこともできる。

 治療を受けるなら改心して真面目に生きて貰う。まあ要するにさっきから度々提示しては断られてる取引と同じさ。しつこいと感じるかもしれねーが、やっぱりあんたを諦めきれなくてn――

「ぅぐ、お、ごぼぁ、おおおごおおっ!」

「……無理して動くなって言ったろ?」

「がっ、ばぅ、ぐぶう、がぐ、ぐっぐうう!

 ふ゛ざ゛け゛、ぇ゛ぇ゛っ、ん゛じ゛ゃ゛、ね゛え゛え゛え゛っ!

 だ゛、だ゛れ゛が゛、がば、て゛め゛え゛、げっ、ばっっ、な゛ん゛、ざ゛゛、し゛ん゛じ゛る゛か゛あ!

 ぐば、ば、だ゛、だれ゛が゛っ、げぶ、て゛め゛え゛な゛、っぶぐ、な゛ん゛ぞ゛に゛、し゛た゛が゛う゛か゛あああああっ!」

「……頑なだねぇ。討魔玉を自ら手放し、夢を諦め、俺の施しを受けてまで生き残るくらいなら苦しみながら死んでやる、ってか。最悪手じゃねぇか。

 だがその心意気は悪くねぇ。あんたのそういう意志の強さが気に入ったからこそ取引を諦めきれなかったわけだが……この調子じゃどうあがいても無理そうだな。仕方ねぇ、妥協するか」

(ったりめぇだボケぇ! ……って、妥協?)

 敢えて死を選んだ三治を尻目に魔神竜は手を掲げ、虚空から現れた刀を手に取り抜き払う。

(野郎、まさかこの期に及んで俺に情けを!? ナメやがってぇ!)

「『ナメた真似しやがってってこの野郎』ってか? そりゃなぁ、俺は魔神だぜ。性格悪くて当たり前だろうが、よおっ!」

 魔神竜の振り下ろした刀は三治を両断する。

 直立姿勢のまま微塵も動かない死体は、傷口から燃え上がる青白い炎に焼かれ、瞬く間に灰と化し闇の雪原に消えていった。

 残された黄色い多角形の石――討魔玉が一つ、迅雷晶玉アガツマ――を拾い上げた魔神竜は、刀を鞘に納め手放す。

 己の手元を離れた刀が虚空へ消えていくのを見届けた魔神竜は、懐からスマートフォンを取り出しどこかに連絡を入れる。



「……俺だ。アガツマを回収した」

『おつかれー。随分と時間かかったねぇ。そんなに強敵だった?』

「強敵……まあある意味では強敵だったわな。早く済ませようと思えばどうとでもなったんだが、ちいと欲を出し過ぎてな」

『懲りないねえ、あんたも』

「可能性のあるヤツを見捨てたくねえんだよ。俺もそうやって組合に入ったからな」

『ま、気持ちはわからんでもないわ。で、口ぶりから察するに』

「ああ、アガツマの所持者は死んだよ。つーか俺が殺した」

『死体処理班派遣しよっか。場所は転送先の近辺でいいよね?』

「いや、そいつは大丈夫だ。本部から借りてもう済ませた」

『あー、刀使ったんだ? 頑張るねぇ、普段はめんどくさがってああいうの使わないのに』

「責任取ってやりたくなったんだよ。何から何まで不愉快で、仲間だの家族だの、そんなもんにはなり得そうもねぇような奴だったが、それでも敬意を払うだけの値打ちはあったからな。

 で、回収したブツはいつも通りの場所に運んでおけばいいな? モノがモノだけに急いだほうがいいだろうし」

『ああ、その件なんだけどね、別に急がなくてもいいよ」

「はあ?」

『だって、あんたならセキュリティとか大丈夫だろうし、年明けてから余裕ある時にでもいいから。

 それより今日は早く帰んなよ。クリスマスでしょ?』

「……お前な、そうやって独断で規則曲げて他人巻き込むの、どうせバレた所で叱られるの自分だけだし謝り倒しときゃ何とかなると思ってんだろうけどな、相手側も『何で止めなかったんだ』つってどやされるんだからな? あとこれ言うとお前は『諸々計算済みだから大丈夫~』とか言うんだろうが、万一規則曲げたのが原因で実害出たらそれこそ取り返しのつかねぇ事態になるぞ?」

『あー、大丈夫大丈夫。これ、あたしの独断じゃなくて上の指示だから』

「……何?」

『だからさー、上から言われたんだよ。クリスマスだしよっぽどの事情がない限り仕事終わった組合員は早めに帰宅させろって』

「討魔玉を届けなきゃならねぇのはよっぽどの事情なんじゃねぇか?」

『つーたんは逆に早く帰らなきゃいけない事情があるじゃん』

「まあそうと言えばそうだがなぁ。あとつーたん言うな」

『えー、いいじゃん別に』

「良くねぇよ。三十路手前のオッサンがつーたんとか何の冗談だ」

『三十路中盤までは兄さんでいいと思うけどねぇ。それに、そうは言うけどあの子には呼ばせてるんでしょ?』

「……家ん中、かつあいつ限定だ。他の奴に呼ばれるのは気に食わねぇ」

『そっかそっかー。ラブラブだねぇ~』

「……お前、次会ったら覚えとけよ」

『……OK、ごめん。私が悪かった。もうしないから、ほんとあの、例のアレだけは勘弁して下さいマジで』

「大丈夫だ、アレはもうやんねぇよ。食い物粗末にはできねぇし下手すっと暴行罪だからな」

『よ、良かった~』

「ああ、安心していいぞ。別なのを用意しとくからな」

『えっ』

「食いもん粗末にしない系で、かつ法にも触れないヤツ用意しとくから」

『あっ、え?』

「楽しみにしてな……そんじゃ、メリークリスマス。ちいと早いが、良いお年を」

『いや、ちょまっ――

 有無を言わさず半ば強引に通話を切った男は、そのまま家路を急ぐ。

 土産に何か買って帰ろうか。まだ開いている店があればいいがなと、雪の夜道を軽やかに往く。

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