再戦
少し動けば壁にぶつかってしまうほど狭い路地裏とユオラエジュの戦闘スタイルは、憎たらしいほどに相性抜群だった。
避けようにもスペースが足りず、仮に運良く避けることができたところで次の攻撃がまたすぐに来る。キリが無い
「ははっ、これでは『ジリ貧』というやつじゃないか。貴様はただ俺に倒されるの待つのみ。存外、呆気ないものだ」
ルクは
このままでは前の戦いのときに見せたあの恐ろしい攻撃がいつか訪れてしまう。あの時は《何故か》効かなかったが、もう一度起こる保証はない。仕組みも原因も解せない現象に命を預ける気にはなれなかった。
つまるところ、ルクにできることといえば防戦に徹し
迫り来る徒手空拳をいなしながら後退するルクの背中にふと違和感が生まれる。何かに阻まれてこれ以上後ろに下がることが出来なかった。
「こ、これは……」
「魔導陣を応用し適用範囲を広げた『魔導結界』だ。貴様があんまり遅いものだからちょっとやそっとでは壊れない頑丈な結界が作れてしまったぞ」
魔導結界はある程度ではあるものの、設置者の望むように条件を決めることが出来る。その利点が注目され今ではギルド内の闘技場に設置されたり、防音結界として生活の様々な場面で役立っている。
当然、結界を生み出す者によってその完成度に違いが出てくる。魔導陣に誤字脱字があったり、余計な情報が書き込まれたりしていると上手く作動しない。
その点、この結界は彼の言う通りとても精巧にできていた。少しの穴もないのはもちろんの事、ルクが激しい攻撃を受けてぶつかったとしてもビクともしない頑丈さも持ち合わせている。戦闘中に魔導陣を書く技術の持ち主にとっては、あまりに容易だっただろう。
「身体改造『
熾烈な打撃戦の中、何とか左腕を掴むことに成功する。ユオラエジュの体全体を軸とし、回転するようにして彼と場所を入れ替えようとする。
それに伴って、足の裏から生み出される窒素酸化物が即座に噴射された。その反動力によって前方向へのエネルギーを
ビルから少しせり出ていた柵にぶつかりそうになりながらも、どうにか回転を成功させる。
「『
単純な技名が表すが
速度の二乗に比例する運動エネルギーを乗せたルクの拳が、ユオラエジュのしなやかな蹴りと交差する。回転の反動で出来た空いていた距離が
わずかにルクが競り勝ち、蹴りは頬を
拳が力強く相手の腹にめり込んでいく感覚。そして、現れたのは光り輝く白色の魔導陣。その一撃は手ごとその魔導陣に吸収されてしまった。
「なっ!?」
「衝撃吸収の魔導陣が役に立ったようだ。保険は掛けておくものだな」
ユオラエジュはさも当たり前のように語る。大して自慢げでもない。
前回の戦闘から敵の戦闘スタイルを学び、最適な対応策を実行する。言葉にすれば簡単そうであるが、一朝一夕に出来るものでは無い。それが魔導陣ともなれば尚更だ。
そもそも衝撃吸収の魔導陣などというものは、ルクの記憶中には存在していなかった。少なくともあの図書館の蔵書の中にある魔導書には記載されていなかったということだ。一字一句忘れずに思い出せるので、それは間違いない。
つまり、魔導陣は自作という結論が自然。
一から基礎理論を構築して戦闘に用いるまでに昇華させたその技術力は計り知れない。同時にこんな能力の持ち主でありながら、悪事に手を染める理由が解らなかった。
「ふっ。どこでそんな技術を身につけたんだ、と言いたげじゃないか。そんなもの、独学に決まっているだろう。俺に教えてくれるような者はいなかったし、それを誰よりも俺が望まなかったからな」
はっと我に返り、焦りながら魔導陣から手を引き抜く。どうやら一度飲み込まれたら抜け出せないというほど悪質な仕掛けは施されてはいなかった。
「貴様の攻撃は分析済みだ。またこうして相見えるとは思いもしなかった貴様の方は俺をせいぜい魔導陣を巧みに操るものぐらいしか捉えていないのだろう?」
ユオラエジュはどこかくさい芝居のような
ほとんどの攻撃は実質的に防がれたと言っても過言では無い状況に追い込まれていた。位置取りではこちらが有利なのに戦況は真逆となっている。
ルクが攻めあぐね困惑している様子を見て、小馬鹿にしたようにそれを笑うと、彼は指を鳴らした。対応するようにして彼の背後の部分だけ綺麗に魔導結界が消失した。すっと彼が抜け出すとすぐにまた元通りになってしまった。
これでルクだけが結界内に閉じ込められてしまった。ユオラエジュは外から結界に阻まれ少しくぐもった声で語りかけてきた。
「最初からこうしても良かったんだが、あのとき舐めさせられた苦汁のお返しのようなものだ。貴様のその表情が最後に見れてよかった。俺の
しばし
「そうだ、窒息死があるじゃないか。簡単に魔導陣が作れて、最高の苦しみを与えられる。
苦しみの中でも取り分け苦しいとされる窒息。人間はその過酷な環境に数分も耐えることが出来ない上、凶器の調達しやすさは他の場合と比べ群を抜いて容易だ。
「せいぜい、文字通りもがき苦しめ。ふは、ははははははははははははははは!!!!!! 」
耳障りな低い笑い声が辺りを埋め尽くす。狭い路地に反響して、軽減されているはずの音はルクの耳朶を不快に打った。
結界内の地面が大きな蒼色の魔導陣に覆われる。
噴水のように水が流れ出始める。その勢いは全くの
どぼどぼと結界内に供給されていく水は、ルクの足下を
脱出に見切りをつけ、精一杯息を吸い込んで潜る。自然と体が浮くが、無理に体を動かさずとにかく呼吸維持を続ける。
(ここまでか……)
半分
そしてその誤魔化しにしかならなかった延命も限界がくる。
意識を手放すのはこれで何度目だろう。もしかしたら自分の人生の最後になるかも知れないという時にこんなことしか考えられない。
ルクの目は段々と閉まっていき、完全に閉じたことりに
死期が近づくと何にも考えられなくなってしまうのかもしれない、ということを考察する意識すら残っていなかった。
ルクの敗北だった。
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