専門

 レマグは執務室の扉を少し乱暴に閉めると、ギルドの外へ飛び出した。走りながらスマホを操作して、最寄り駅と直近の交通手段を調べる。流れゆく人たちと何度もぶつかり、時として舌打ちもされたが気にしていられなかった。


 奇異の視線を向けられていようが、そんなことはどうでも良かった。全身汗まみれだった。普段の十倍ぐらい走った影響か、千切れそうな太腿に痛みがあった。それでも、走りを止める気にはならなかった。


 もしかしたら、いやもしかしかなくても自分より酷い目にあっているだろうクリネのことを思えば泣き言を吐いている訳にはいかなかった。


 タイムリミットは刻一刻と迫ってきている。それがどれくらいなのか予想できない恐ろしさに抗いながら、レマグは近くの通りにある魔導バスに乗る決断をする。


(まずやるべきは闇雲にはぐれたエリア近くを捜索することじゃない。悔しいけど今この状況で頼りなるのはクリネの臭いを嗅ぎ分けられるあいつクリネしかいない、だから会うしかない)


 突然現れてクリネと仲良くなったルクに対しては、初めからかなりきつくあたってしまっていた。我ながら子供っぽいことだとは思っていた。けれど親しそうに二人が話しているのを見ると、以前はあの位置に自分が居たのにと強く認識してしまう。そんな自分への嫌悪感もあったのかもしれない。


「おい、相棒エルンスト。近くの魔導バスの時刻表を表示してくれ。行き先はティスリフ大に限定で!」


 そんな迷いを打ち消すかのように、レマグは左腕につけた腕時計型の次世代ハードに唾を飛ばす勢いで話しかけた。内蔵された人工知能が発言の意図を汲み取り、望んだ情報を迅速に提供する。が、その刹那せつなすらも遅く感じる。


《……最寄りのバス停は70メートル先の交差点を左に曲がり、300メートル程進んだ先にあります。時刻表を表示します》


 ホログラムで表示された時刻の羅列は、目的地へと向かうバスが一分もしない内にで出ることを教えてくれた。このバスを逃せば、次のバスが来るまでには十五分以上かかるということも。そんなに待っていられない。


 周囲に人がいないことを確認すると、レマグは覚悟を決めた。


「仕方ない…………少しズルするしかねぇな。エルンスト、双子ちゃんを呼んでくれ」


《了解しました。量子暗号を直ちに解読デコード双自立式浮遊型戦闘用ユニットバニチャー実体化マテリアライズします》


 腕時計から伸びる数列が走るレマグに並走するようにして一対の魔素吸引ムーキャブ式の砲台を形作っていく。プログラムを少し簡略化させているで、市販品よりも実体化が速やかに行われる。


 交差点の角をスピードを緩めずに曲がると、かなり遠くの方にバスが停留しようとしているのを確認した。この時点で残されているのは、あっても三十秒程だろうと推測。


「急速吸引!」


 大型の掃除機のような音が左右から聞こえてくる。いつにも増してうるさい吸引音が響く。


「……っ」


 しかしそれを気にする余裕すらレマグから奪ったのは、魔素吸引そのものだった。一瞬にして周囲の魔素が取り込まれることで、その空間内にいる人間は一時酸欠のような状態になる。これが時間短縮のメリットを捨ててでも急速吸引を避ける理由であった。


 眩暈めまいがしてよろめきそうになる所を何とか踏ん張って走り続ける。


「噴射態勢に移行して」


 二基のユニットはクルリとその砲口を斜め下に向ける。レマグは両手で豪快にユニットを掴む。


「今だ! 解放ディスチャージしろ!」


 許容量の限界まで溜められたマナは、エルンストの判断によって火属性魔導フランマ変換コンバートされていく。その過程で幾らかのエネルギーが浪費されるが、それでも


 それを一言で形容するのならば古代の伝説やおとぎ話に出てくるような竜の咆哮だった。


 周囲を明るく照らしながら、噴射。爆発に近いそれによって、ものの数秒にしてレマグの体は斜め上に投射される。



 あれほど開いていた距離はぐんぐん縮まっていく。手を開きながら空中でバランスをとり、着地に備える。


(思いつきだったけど、案外上手くいくもんだな。けど周りに誰も人がいないのが最低条件だぞ、これ…………)


 スライディングするかのように両足を前後に出しながらいつの間にか近づいていた地面につけていく。摩擦によって衝撃を上手く吸収していく。ピッタリと誰も並ぶ人が居ないバス停の横で止まる。


 あるゆる物理条件を考慮して演算を即座に行ったエルンストにはそろそろ感謝しなければと思った。


「すみません、私乗ります!」


 話しかけても無人バスなので意味はないが気持ち的に声を出してしまう。そして駆け込むようにして魔導バスに乗り込む。


 中の乗客はまばらで、平日とはいえ区の中心を走っているバスとは思えない程に空いていた。


 レマグが乗り込むや否や待ちびたようにして背後の自動扉が閉まる。急かされるようにしてそそくさと扉近くの四人用座席の端に座る。


 車内が一度大きく揺れ、その後にムーキャブが稼働し始める音がする。バスはゆっくりと浮遊を開始し、乗客に独特の浮遊感を与えてくる。


 いつもはガタゴトと心地よいリズムで揺られていく内に段々眠たくなってしまうが、今回はクリネのことで頭が一杯で


「え〜、ここで運転手の私からご乗車中のお客様にお願いがございます」


(ん……?)


 意識は現実の方へ戻される。よく聞く合成音声ではなく肉声であることからして、臨時の連絡だろうかと当たりをつける。


「このバスの行先の変更の連絡です」


「マジかよ……乗り換えしなきゃ行けないのか」


 驚きのあまり、バスの車内にも関わらず少し大きな独り言を口にしてしまう。


「このバスが今から向かいますのは『ティスリフ大学』ではなく『地獄』でございます」


「え?」


 今度は本当に誰が聞いても大きい声になってしまう。口調と内容のミスマッチ。この違和感はどこがで感じたことがあった。


「もしそれが御不満の場合は、車内にいる狐耳の女を捕えて下さい」


「っ、てめぇ、あの『囚人服』だろ!! とっと出てこい!!」


 レマグは天井に設けられたスピーカーに向かって、捲し立てるようにして言い放つ。


 見渡すと車内の人は皆、背景に溶け込むようにして霧散してしまった。


(幻覚を見せられているのか……?)


「気づくのが遅いな」


 車内に設けられたモニターの画面が行先案内から切り替わる。そこから覗いた顔はやはり例の囚人男だった。乗客の数倍生気のない顔つきに病的に白い肌。


「本当は野放しにしておいても問題がなかったのだがな。予定が変わった。貴様はあの世行きだ」


「てめぇの事情なんか知ったこっちゃない。とっととクリネの場所を吐けよ」


「愚かな。主導権がどちらにあるかも分からないとは」


「馬鹿なのはてめぇだろ。このバスの制御はもうこっちが握ってんだよ」


 レマグはエルンストを自慢げに見せつける。そのホログラムにはこのバスに使われているムーキャブエンジンの稼働率が事細かに表示され、目的地、操縦桿の動き、周囲の気温や風速すらレマグの手に落ちていることを示していた。


 無人バスということもあり、サイバー面でのバスジャック対策は堅牢なものだった。しかし、改造したレマグのエルンストにかかれば二秒足らずでセキュリティごときは突破可能だった。


 危機的状況を悟ったレマグの心拍と脳波の変化から、このハッキングを試みるまでの時間を足しても三秒もあれば十分だった。


「そうか……頼んだ、ティラク」


 囚人男はぶっきらぼうにそう言う。振り向きながら、こちらからは視認できない誰かに向かって話しかけていた。


「にっしっし、了解了解ぃ。ふむふむ。ありゃりゃぁ、こりゃあ赤ん坊でも破れるわ。ちょっとセキュリティをイジらせてもらいますかぁ」


 確かに誰かがいるようで、キーボードの打鍵音だけが聞こえてくる。音から察するにかなりの手練れだった。


「はーい、完了。これで制御取り返したよ」


「早い……」


 こちらが人工知能に頼ったのに比べ、あちらは全て自力だけで対策プログラムを組んできた。とんでもない才能だ。


 さらに再度ハッキングを試みようとしても、画面先にいる誰かの組んだプログラムによって弾かれてしまう。


「一体、何者だ……?」


 そうなると一気に形成は逆転してくる。バスの壁をぶち抜いて外へ脱出することは容易だが、このバスをどこに落とされるか分かったものでは無いのでその決断は下せなかった。かと言ってこのままバスを破壊したとしても、街へと落ちるのがバス全体から破片に変わるだけだ。


 出発して空中に上がった時点で詰みだったのだ。


「そうだな……そうか。使えるな……」


 囚人男は何やらぶつぶつと後ろのプログラマーと会話をしている。


「喜べ。貴様に利用価値が生まれた。ここで多くの犠牲を出して死ぬのか。私に従い、誰も犠牲を出さずに終わらせるのか。選ぶといい」


「八方塞がりかよ……情けねぇ、、」


 レマグは近くの手すりを思い切り殴りつけた。手からは血が出るものの、そんな痛みは気にならなかった。

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