遭遇

 レマグは額に汗を浮かべながら、しかしそれを気にするでもなくルクの元へと駆け寄ってくる。


「はぁはぁ、クリネの件は知ってるよな?」


「はい、ナシエノさんが教えてくれました。今研究室でナシエノさんが喪失者達ロスターズと交戦してます」


「お前らのところにも来たのかよ」


「はい……機械を自在に操る少女でした。僕は研究員の方を外に逃がせました」


「それで?」


「え?」


 レマグの顔つきが変わった。目に見えて不機嫌になっている。


 ルクは質問の意図が理解できなかった。返事をすることも出来ず、呆然としてしまう。


「…………いやだから。お前はナシエノさんを置いてどこに行こうとしてるのって聞いてんの」


「それは……」


 クリネの所へ行く、と続けるつもりだったがやっとレマグの言いたいことが分かった。


「お前はクリネのことになるとすぐ周りが見えなくなるよな。心配なのは痛いほど分かるし、私だって今すぐに助けに行きたい。けど、あんたは目の前で闘ってる人を見捨てるつもりなのかよ?」


「そうじゃありません。ナシエノさんは僕に託してくれた、クリネさんを助けるという願いを。それを無下にする訳には行きません。今ここで引き返しても彼女にさっさと行け、と追い返されてしまうだけです」


 負けじとこちらも言い返す。お互い顔を突き合せ、少しばかし睨み合う。お互いに彼女を思う故の対立。


 これまでにもこんな風に言い争いになることもしばしばあった。そしてその内容は往々にしてクリネのことだった。


 今思い返すと『ああ言えばこう言う』の繰り返しは、何の生産性も無い水掛け論だったのかもしれない。



「それで仮にクリネが助かったとしても、ナシエノさんの方が死んだら? クリネは罪悪感を背負うことになる。自分のせいで、って。そうならないためにも研究室に戻るのが筋ってもんじゃないのか。杞憂に終わったならそれでいい。だけどそうじゃなかったら? 最悪の事態は何としてでも避けなくちゃいけないんだ。いくらでも思いつくよ。ナシエノさんは確かに副長を務めるほどの実力者だ。けれど、そんな人でも足元をすくわれる可能性だって否定は出来ないはずだろ。きっと直ぐには奴もクリネには手を出さないと思う。まだ間に合う。今からでも遅くない。引き返すんだ」


 今回は少し様子が違った。


 レマグは見かけとは裏腹に理性的に物事を捉えがちだった。何よりも数字と理論を信じ、直感や感覚などに頼ろうとしない。


 今のレマグが話した内容はどうだろうか。『かもしれない』や『もしも』ばかりに注目し、偏った仮定が多いと言えるのではないだろうか。内容は一理あるが、客観性をあまりにも欠いている。感情論とその物量だけで説得を試みようとしている。


 一般人ならばこの状況下で感情的になってしまうのも無理はない。ただ上級ハンターでこのような予測外の出来事は初めての経験では無いはずだ。尚且つ、理知的な性格の彼女がそんなことを言うとは思えない。


 可能性があるとすれば、明らかな誘導ぐらいだろう。当然そんなことにメリットは一切ないし、そもそも本当に言いたいことがあるなら、レマグはこんな回りくどい誘導などは使わないはずだ。


 つまり、


「あなた、?」


「っ……何言ってるんだ? 当たり前だろ。何を今更」


「それはおかしいですね。レマグさんはナシエノさんのことを副長といつも呼んでいるのですから」


「な、そんなはずは」


「……っていうのは嘘なんですけどね」


「ちっ」


 常套じょうとう手段だがこんなにも威力を発揮するとは予想外だった。語るに落ちるとはまさにことのこと。


 しかしながら、仕草や容姿はレマグそっくりだった。今こうして近い距離で対峙しているものの、全く違和感を感じない。フォクシー特有のふさふさとした毛の質感や獣耳の造形や垂れる尻尾、体から微弱に出ているマナの波長すら同じように感じる。自分からボロを出してくれなければ危うく本人だと思っていた。


「さぁ、正体を教えて下さい。何となく予想は付いていますので、答え合わせを」


 少し、なんとも言えない間が生まれる。暫くしてから相手は俯いたあと口を開いた。


「答える義理は……ないな」


 先程まであんなに本人らしかったのに、途端に感情がすっぽりと抜け落ちたような無機質な返答に変わった。それでも声質だけは同じままだ。


 目はうつろで体から覇気が感じられない。尻尾と獣耳も垂れ下がってしまっている。壊れて動かなくなった人形といった感じだろうか。


「ならば仕方ありません。今、先を急いでいるのでどいて頂けますか?」


「……」


 すると、レマグの振りをした何かは揺らめいたかと思うと瞬く間に霧散し、その向こうに人影が現れた。


 囚人服に身を包み、手にはちぎれて腕輪と化している手錠があった。それが彼なりのファッションだとしても、お世辞にも褒められたものでは無いだろう。


「流石にはいどうぞお通りください、とは行きませんよね」


 窪んだ細目には強い抵抗の意思が宿っていた。


「さしずめ、幻覚を見せる能力ですか。でも結局こうして見破られたあなたはどう戦うんですか?」


 手の内が分かってしまえば、ルクにとっては幻覚など恐るるに足りなかった。最悪、目を閉じながらでもある程度なら殺気やマナの動きを察知しながら動くことは可能だ。


「そう思うのならばそれでいい。真実を知った貴様は地にひれ伏すこととなるだろう」


 囚人服の男は腕をめいっぱいに横に広げ、体の前で大きく拍手をする。


 すると、人々がすっかりいなくなってしまった駅前の通りの路地から人の影が現れる。それは全て同じ姿なりをしていた。その数は十数ほど。前からも後ろからも完全に包囲されている。


「またレマグさんですか。数は少し増えたようですが」


 こちらへ一斉にレマグのトレードマークとも呼べる武器、双自立式浮遊型戦闘用ユニットが顔を向けてくる。


「やれ」


 男は悠々と道の脇に歩くと、そう言い放った。マナを周囲から吸収するのが聞こえた後、発射。


 反射的にその場から飛び、斜線外へと逃げる。


(つい体が反応してしまったけど、別に避ける必要はな…………!?)


 ルクが見たものは、建物の中を不自然にすり抜けていく偽物のレーザーではなかった。


 近くにあった仕立て屋の壁の煉瓦レンガが崩れ、ルクの顔に粉がかかる。


(これは間違いない…………本物のレーザーです。どういうことですか)


「第二射だ」


 敵は迷う間も与えてはくれない。今度は明確な意志を持って光撃を躱す。第一射は集中的だったレーザーが、この第二射では避けるルートを予想し、そこに向けて放たれている。複数のユニットが連携して初めて為せる技だった。


 次は元いた地面を狙ったレーザーが舗装された道を貫通していく。


 このままだと徐々にこちらの癖を学習したユニットが、確実にレーザーを照射するようになるだろう。そうなる前に蹴りをつける必要がある。


 チャージ時間の短さをこれほどまでに恨めしいと思ったことは無かった。思わず歯噛みしてしまう。


 第三射。直接胴体を狙うレーザーの数が減り、より多方面を狙撃してくる。そして、柱の途中をすっぽり消失させられたソーラー充電式の電灯が倒れた。


 第四射。こちらが飛んで避けることを学習したレーザーは殆ど空中を狙うようになっていた。スパイ映画のワンシーンのように身を反らしながら何とか避ける。自分とは道路を挟んで向かい側にある菓子店のドアに穴が空いた。


(よくよく見てみると、本物は一つだけ。それが以外は偽物。その個体を割り出さないと……)


 と考えながらも同時に疑念も浮かんでいた。


 あのレーザー達はこれまでもよく見てきたレマグのものとやはり相違はない。別のレーザーを照射する可能性もあるが、それならば複数の照射器を用意できない理由が分からない。


 それに、


(マナが混じりあっていて分かりにくいけど、レマグさんのマナを感じる……!)


 つまり、そこから導き出されることはただ一つ。レマグ本人がこの中に紛れているということだ。


 何らかの経緯があって、自分の偽物達と共にこちらへ攻撃を仕掛けている。囚人服に弱みを握られたのか、はたまた洗脳系の能力によるものなのか、見当はつかない。


 ただ、レマグがルクに攻撃をしているという事実がそこにあるだけだった。



 謎が増えていく中、第五射目の充填が開始される。



 ______発射まで、あとわずか。

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