進展

 クリネが目を覚ますと、辺り一面に暗が広がっていた。


 一瞬、まぶたを開けたのかどうか疑ってしまう。徐々に瞳孔どうこうが開き、可能な限りの明るさを確保してくれる。


 手首に違和感。手が上がった状態のまま、固定されている。何かで繋がれていることは感じ取れた。それほど重くはない。しかし何度か引っ張ってみて気づいたが、引きちぎれるほどやわな材質のものでもなさそうだった。


 一言でこの狀況を言い表すならば『監禁』あたりが正しいだろう。


「ここは……」


「地下牢だ」


「!」


 音源の分からない声がクリネの耳朶じだを打つ。低音に時々かすれが混じるその声は、クリネの心を凍りつかせた。


「誰、ですか」


「貴様が知る必要はない、と言いたいところだが今回は気分がいい。特別に教えてやろう」


 今にも倒れそうな弱々しい声なのに、話す内容はその逆をいく。尊大そんだいにして傲慢ごうまん。間違いなく自分の存在が最上位だという自信が声を通してひしひしと伝わってくる。


「私は貴様たちが喪失者達ロスターズなどと呼称する集団のリーダーだ。呼び名などは私が決めた訳では無いし、どうでもいい」


 ただ、とそこでその人物は言葉を切り、


「興味があるのはたった一人。貴様だけだ」


「……ということは、あの暴力事件もあなたが起こしたものだったんですね」


「おい、勘違いをするなよ。私が彼らにしたのは力を与えることと貴様を捕まえる命令だけだ。それ以外は何も知らん」


「何も知らん、って貴方はそれでもリーダーなんですか!?」


「激昴する気持ちも分からなくはない。確かに能力を憤怒ダムに与えたのは私だ。だが、ダムは元々気性が荒かった。それをわざわざ能力に変えてやり、彼奴あやつの性格を直してあげた。欲を言えば、感謝して欲しいものだ」


「そんなことが平気で言えるなんて、理解できません」


 少なくともクリネの中の善悪の基準じょうしきに照らし合わせると、筋が通るような話ではなかった。


 しかし、この者と対峙たいじしていると飲み込まれそうな気持ちになる。そして一度飲まれたら二度と戻って来れなさそうな気もする。


「何の目的で私を?」


「『生贄』だよ」


 撫でられたかのような悪寒が背中を走る。


 先程までの物言いとは異なり、余計な表現を省いた分、より一層恐ろしく聞こえた。


「安心しろ、すぐに終わる。痛みもない。あと少しで儀式場の準備が整うから、そこまで時間はかからない」


 そうじゃない。心配なのはそこじゃない。その言葉が頭を埋め尽くす。


 そもそも、状況に対する認識が食い違いすぎている。


(生贄……? 儀式……?)


 初耳の情報をさも当たり前のようにペラペラと話されても、こちらとしては何のことだか皆目分からない。


 そんな事を考えていると、説明は済んだとばかりにどこかへその人物は歩いていってしまった。ドアの開閉音などは聞こえなかったので、存外広い空間なのかもしれない。


 また孤独な状態へと逆戻りした。心中を満たしていたのは、寂しいという感情より、不快感だった。


 蒸し暑くもなければ、空気が汚い訳でもない。むしろ部屋の空気と考えれば快適な部類に入るだろう。


 それでも、まとわりついてくるような気持ち悪さが相殺されることはなかった。




 _____________________




 初め、アルフレッドは彼女の言葉が信じられなかった。


「クリネが誘拐されただと?」


 間柄的にも人間的にもレマグがそんな冗談を言うとは思えない。それにしたって、悪い冗談であって欲しかったというのが本音だ。


 ここはスサム区ギルドの二階に位置する応接室。調度品をなるべく置かないというこだわりが部屋の主であるアルフレッドにはあった。来客を緊張させないためだった。


「はい……私の力不足が原因です。あの時、クエストの受注を止めてさえいれば……」


「それは結果論に過ぎん。過去を悔やんでいる場合でもない。今はクリネの奪還に力を注ぐべきでは無いのか?」


「その通りです……」


 何時になく、レマグに元気がない。親友が目の前で連れされているので無理もないとは思うが、犯人の特徴を知っているのは他でもないレマグ自身なのだ。悲観してばかりでは、もっと取り返しのつかない事態に陥るかもしれない。



 執務室の机を指で叩きながら、頭で策を練っていく。


 上級ハンターでもあるレマグに一切の手出しを許さない程の実力の持ち主。一筋縄ではいかないことは目に見えている。


 彼女の証言を集約すると、金属生成系、つまり属性としては土属性を得意とする魔導士だと推測される。


(だがあくまで、一つの証言に過ぎない。別属性が使えることも視野に入れるべきだ)


「そもそも、彼女の場所が分からないと探しようがないな」


「あ」


「ん、どうした?」


 何か気づいたような声をあげるレマグ。


「そういえば、この前ルクの野郎が『マナを嗅げる』とか何とかと言ってような……」


「なんだそれは?」


「いや、それが私にもよく分からないんですけど……」


 そう言ってレマグは当時のことを語り出した。




 先周、珍しくレマグとクリネとルクの三人でクエストをこなしていたらしい。内容自体は害獣駆除程度のものだったが、何しろ数が多く一人では捌ききれないと判断したクリネが二人を呼んだのだという。


「それで場所がテセロフ大森林だったもんで、クリネとはぐれちゃったんですよ」


 テセロフ大森林。ベセノムの北東に位置する緑豊かな森だ。魔物が湧きやすく開発があまり進んでいないので、金持ちの別荘が点在する以外は手付かずの自然のままだ。


 今回の依頼はその別荘主の土地が荒らされたといった感じだろう、とアルフレッドは予想する。


「で、めちゃくちゃに焦ってたんですけどルクが『クリネさんのマナの匂いを辿れるかも知れません』とか言い出して、もうキモいを通り越して怖いというか」


「ああ……それは流石にルクでもちょっと引くな」


「ですよね。まあ、そのまま犬みたいに匂いをくんくん嗅ぎながら歩いてたら、オロオロして挙動不審になってたクリネを発見したっていう話です」


「……」


 単純にマナを嗅ぐという特異な能力を持っているのか、それともクリネだけを判別出來るのかは定かではないが、今状況を打開するにはうってつけだろう。


 レマグの話が本当ならば、治維連の所有する鼻利きの探知犬でもできないような芸当を軽くやってのけるのだから驚きだ。


「よし、とりあえずルクの捜索だな。私は人手を確保するからレマグはルクたちが居る大学へ向かってくれ」


「了解しました。それでは失礼します」


 一礼すると、そそくさとレマグは応接室を後にした。いち早くルクを見つけたいという思いが見え透いている。


 一人殘ったアルフレッドは机上の情報端末を手に取ると知り合いという知り合いと連絡を取り始めた。




 _____________________






 大学内は既に混乱の波紋が広がっていた。学生、教授問わず廊下は人で埋めつくされ、我先に出口へ向かう者でごった返していた。更に階段からも人はなだれ込み、混雑さが増していた。



 ルクとヘラエサーを含む研究員達は完全な立ち往生となっていた。段々と進むとはいっても、精々一歩二歩程度しかない。大きな混乱などがないだけ、ましだと言うべきなのだろうか。


「むむむ……これでは全く埒があかんな」


 最初に口を開いたのはヘラエサーだった。


「困りましたね」


 ルクは、一番の目的が自分であることを気味悪く笑う少女の反応から予想していた。


 何故自分を付け狙うのか、クリネを誘拐した者との関連はあるのか。疑問は尽きない。


 しかし、今やるべきことは謎を解決することではない。クリネを救出することである。


「研究員の皆さん、少し話を聞いて頂けますか?」


 ヘラエサーやナミオン達の顏がこちらへ向いたのを確認するとルクは語り出した。


「ほんとに短い間でしたが、皆さんといられて楽しかったです。ありがとうございました。特にナミオンさんとの掛け合いは貴重な経験でした。僕の身体検査はまた今度していただけると嬉しいです」


「ああ、勿論さ。何時でも来てくれ。私たち研究員は君を歓迎するよ」


「また来てくださいね。あの公式は次の時までに証明させておくので!」


「はい、必ずまた来ます。ですのでしばらくの間お別れです」


 ルクは感謝の意を告げると、その場の床を蹴り宙を舞う。体を横に倒して壁に『着地』したかと思うと、壁伝いに走り始めた。


 ざわめきが各所で起こるがいちいち気にしている暇はなかった。あれほど長く感じた廊下も、こんな風に走ってしまえば一瞬だった。


 出入り口を橫向きのまま抜けて外へと出て地に足をつける。外も外で多くの人が色んな建物から出ている様子が伺えた。あんなに広く感じたキャンバスだったが、今はかなり狭く感じる。


 取り敢えず、向かうべきはスサム区のギルドと思ったルクは元来た道を戻るようにしてモノレールの駅へと歩みを進めた。


 人にぶつかり、ぶつかられながらも、何とか校門を抜けることに成功する。


 すると、誰かがこちらへと走ってくるのが見える。



「はぁ、はぁ、はぁ。探したぞ、ルク!今お前の力が必要なんだよ!」


「レマグさん!……どうしてここに?」


 息を切らしながら、こちらへと向かってきていたのはクリネの一番の親友だった。


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