意地

 その場所が研究室であることを忘れてしまうほど、中は重たく澱んでいた。ナシエノが部屋に入ってきた頃から散らかっていたが、闖入者のおかげで今や強盗に襲われたかのような有様だ。


 ナシエノの近くには動きにくいからと、脱ぎ捨てた有名ブランドの靴が落ちていた。


「生身の人間ごときが、今の私に挑んど勝てると思ってんのぉ?」


「震えてるわよ、声」


「はあぁ!?何ぃ、煽ってんの」


「当たり前じゃない。わざわざ確認しなきゃ、そんなことも分からないのね」


 戦いというものは、何も拳や技をぶつけ合うことだけでは無い。こうした舌戦などで相手の精神に効果的な揺さぶりをかけていくとも立派な戦いだ。


 さらに、こちらからすれば『足止めの足止め』ができる戦闘の方がありがたい。




 機械の集合体を操る彼女はその言葉に返事をしなかった。その代わりにぼそぼそと何かを呟き始める。


(このマナの集まり方、…………なにか来る!)


 頭のない機械が軋んだ音を立てながら動き始める。人間のそれと呼ぶにはぎこちないものの、拳を振りかざしてから勢いよく振り下ろしてくる。


 たったそれだけ単純な動作だったが、向かってくる圧が段違いだった。ナシエノは素早く反応し、後ろへと飛びずさった。


 元いた場所も範囲外だったがナシエノはその一撃の威力を見て、逃げる判断をして良かったと思うこととなった。


 鉄巨人は屈みながら拳を床に叩きつける。戦車砲が発射されたかのような爆発に近い音がナシエノの耳朶を思い切り叩いた。びりびりと空気も震える。


 目を開けるとそこにはあったのは、クレーターだった。まさに隕石が落ちたあとそのものである。床は派手に陥没し、クレーターが形成されていた。


 まだこれでも一撃にすぎない、その事実に戦慄を禁じ得ない。人間の体など容易く潰せるだろう。


 この威力ならばこちらに勝ち目がないと判断されても仕方ないだろう。


 ただ、力だけ見ればの話だが。


(動きがそこまで早くない上に、行動には何らかの詠唱が必要になるみたいね。そのラグをついて……)


「うぅんと、まさかとは思うけどこの子が殴るだけしか出来ないと思った?」


「っ」


 その言葉に反応したように金属巨人の右の肩がうごめく。生物じみたその挙動により、何かが突き出した。


 中から出てきたのは角が取れた四角い物体。レンズのようなものが取り付けられている。やがてこちらを視認したのか、レンズとナシエノの視線が噛み合う。


「これが何かわかるぅ?ひっひっ」


 薄気味悪い笑いを伴って、機械人形ガラクタの主は話す。


「ここまで来て、記念撮影とか言わないわよね」


「んな訳ぇ。実際見た方が早いよ……照射して」


 思わず目を覆ってしまうほどの眩い閃光。同時に羽虫が飛ぶような音が耳を掠める。


「後ろ、見てみなぁ」


 ゾクッとする低い声だった。


 振り返ると、ぽっかりと壁に穴が空いていた。穴の周囲は焦げたような跡がある。


「……レーザーかしら」


「そうそう、よくご存知で。この中でマナを手間かけてレーザーにしてんのぉ」


 光を収束させることで生まれるレーザーはエネルギーそのものだ。魔導線マナムに比べ、威力は劣るものの扱いやすいのが特徴だ。


 防ぐ手段はない。逃げることも隠れることも意味を成さない。あらゆるものを貫通する光撃は銃などよりはるかに脅威だ。


 目視した時には既に手遅れだろう。このままでは溶けたバターを切るかのごとく絶命させられる。


「一体……大学の警備はどうなってるの?」


 当然、こんな歩く凶器でそこら辺を歩き回っていれば目立つはずで、悲鳴のひとつでも聞こえてもおかしくはない。警備員も駆けつけて騒ぎが起きるのが普通だ。


 あらゆる観衆の視線を掻い潜ってここまで来るにしては、些か大きすぎる体だろう。


「そっかそっか。不思議でしょうがないもんねぇ、一般人からしたらさ」


 どこか含みのある言い方。


「どういうこと?」


「ここは世界でも有数の研究所なんだよ? 充実した設備が売りの」


「そうだけど……それがどうかしたの?」


「鈍いなぁ。だーかーらー、レーザーなんていくらでも大学にあるに決まってるじゃん」


「あ……」


 彼女は、あんななりで大学に入った訳では無かったのだ。全ての装備品を大学内で調達して、ここに襲撃してきた。


「勿論、安全装置リミッターは切ってあるからね。この周りのもので切れない物はないよぉ」


 ここで一旦言葉を切り_____


「あんたを含めてね」


 またあの低い声だった。幼い見た目からは想像もできない。


「次は当てるよぉ」


 気の抜けた掛け声とは裏腹に、再度肩へとマナが集中するのを感じる。チャージにかかる時間は大体先程ので予想がつい


「えっ」


 反射的に飛び退くと、そこをレーザーが貫いていく。威力を殺されることなく、床を突き抜ける。


 そんな馬鹿な。あまりに短すぎる。


「あのさぁ……壁よりあんたの方が脆いんだから少ないチャージ時間でいいに決まってんじゃん」


 思考を巡らせていると、お喋りな敵が勝手に種明かしをしてくれた。


「つまりぃ。詰みだよ、詰み。もうすぐあんたは床のしみになるってこと 」


「そうね……」


「あれ、もう諦めちゃうのぉ。こっちとしては楽でいいけど」


「最高に相性じゃない、私たち」


「ん、聞き間違い、?それとも頭おかしくなったのぉ?」


「すぐに分かるわ。《大地の祝福・狂向陽葵サンフラワー》」


 声に反応するように部屋全体が揺れる。突然の揺れにゴーレムはバランスを崩しつんのめる。


「な、何ぃ!?」


 追い詰められているとは一切思わなかった。むしろ追い詰めている気すらした。


 揺れが収まったあと床が割れ、二つの物体が勢いよく飛び出す。


 果たして、それは二輪の花だった。茎はった紐のような形状で、花は部屋の壁の半分ぐらいを占めるほど大きく咲いていた。黄色ががった白色の花弁が無数かつ規則的に集まり、複雑な模様を生み出していた。


「土属性魔導は何も泥人形を作ったりするだけにある訳じゃない。土壌やそこに根を張る植物の栄養を操作することができるの」


「先程の地震は、花が急速に成長した時に発生したということねぇ……規格外の大きさじゃない……」


 たった二輪なのにゴーレムが小さく見えるほどの迫力がある。しかもこの花はデカいこと以外にも特性がある。


「なんでもいいわぁ、このレーザーの前では、所詮そんな植物は目隠しにしかならない。やっちゃいなさい」


 レーザーの発射口となるレンズの角度から判断するに、最短距離だろう。ただでさえ光速な上にこれだ。避けようがない。だが、自分の口角は上がったままだ。


 諦観ではなく、確信。それを身をもって証明する。


 チャージ時に漏れる光にひかれるようにして、花たちは体をうねらせてレンズへと近づく。そして自身の顔を大きく広げる。まるで餌を待っているようであった。


「焼き尽くせぇ!」


 溜めに溜めた一撃。一瞬雷が落ちたかのような閃光と共にレーザーが発射される。


 そして、


「……どうしてぇ!?」


 通常の光量に戻ったあと目を開けると、発射前と変わらぬ景色が広がっていた。照準の合ったレンズに、光に群がった花。壊れた物は無く、何も変わりがなかった。


 その光景を見て、笑みが込み上げてきた。ゴーレムの主は苦痛と懐疑がぜになったような表情になっていた。


「ふふ。さて、どうしてかしらね? けれど驚くのはまだ早いわよ。土属性魔導を舐めて貰っては困るわ」


 こちらのターンはまだ始まったばかりだ。

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