構内

 大学自体は思ったよりも広く、現代様式を取り入れつつも古くからのくすんだ赤が映える煉瓦レンガ造りを残し、見事な調和を生み出している。


 この大学がベセノムの縮図であることを示す証拠は、『現今折衷げんこんせっちゅう』な建築だけでは無かった。

 

 「長耳族エルフに、犬耳族クーシー猫耳族ケットシー土工族ドワーフの学生まで……やっぱり、いろんな人がいるな」


 構内には、様々な種族の人々が入り乱れていた。髪の色や顔、身長などバラバラで、むしろ似通っている者を見つける方が苦労するぐらいだ。


「早く行きましょう。彼女、自分は待たせるくせに待たされるのが嫌いだから」


 ナシエノに促されて、大学全体を見下ろせるところに位置しているプラットホームを降りる。


 階段を下りた先の景色は、上から見た時とはまた違った顔色を見せた。まず、最初に感じるのはその広大さだった。とにかく広い。


 視界いっぱいを埋め尽くす独特な赤に、必ず一度は目を奪われることだろうとルクは思った。


 「変わってないわね。ここは」


 どこか郷愁に満ちた感じで、ナシエノはそう零した。


 陽光がキャンパスの芝によりきらきらと反射し、もうすぐ冬がやってくるとは感じられなかった。


 「ナシエノさんは、ここの卒業生なんですか? 」


 ギルドの副長サブマスターを任されるほど優秀な彼女なら有り得ない話ではないと思い、ルクは質問する。


 「私は、こんな名門に入れるほど優秀じゃないわよ。そこにが入学してるっていうなら、尚更入る気にならないわね」


 「じゃあ……」


 「聞いてもいい事ないわよ、きっと」


 それ以上話したくはなかったのか、ナシエノは話題を変えてくる。


 この人には一体いくつの秘密うらばなしがあるのだろうか、とルクは思った。



 「この大学について少しは知ってるようだけれど、具体的にはどのくらい? 」


 「創立が空……ではなく、『地暦』325年。ベセノムは地方国家でありながらも、その高い人口収集力により世界中から優秀な人材を獲得し、この大学に集めています。そのため、ベセノムは有数の魔導大国になりました」


 「十分ね。一つ付け加えるなら、この大学は史上最大の財政難に悩まされてるってことかしら」


 「____」


 内部に精通した者でないと知り得ない情報を、彼女は簡単に口にしてしまう。誰が聞いてるかも分からないというのに。中には、その話を快く思わないものもいるかもしれない。


 「安心して。こんな場所で大学の裏事情を話しているなんて、誰も思わないわよ」


 そんな思考が顔に出ていたのか、ナシエノは笑いながら言う。


 「そうですね。僕が心配しすぎたのかもしれません」

 

  そもそも、出所が不確かな情報である。ナシエノがからかっているだけ、という可能性だってあるのだ。


 そんなこんなで、入口から目立っていたもっとも大きな建物の前まで来る。


 長方形がいくつも繋がったような形をしており、中央になるにつれ高くなっている。正面に時計が設置され、壁の隙間から窓が顔をのぞかせている。


 しかし、その荘厳そうごんな門は固く閉ざされており、学生たちは当たり前のように建物をスルーしていく。


 またもやここで、ナシエノの解説が入る。


 「この建物はとっくに現役引退しているのよ。今は、入学式と卒業式に使われるぐらいね。けど、この大学のシンボル的存在といってもいい」


 大講堂オーディトリアム


 名前だけなら、ルクも耳にしたことがあった。かつて使用されていた頃は、『ベセノムの右脳』と呼ばれるほどに研究の中心地となっていたと言う。


 しかし何故か、ある時を境に使用されなくなっている。


 いくら調べても、『とある事件』が関わっていることだけしか分からなかった。情報規制が掛かっているのだろうのかとも思ったが、それは憶測の域を出ることはなかった。


「集合場所は、この大講堂の前のはずなんだけど……」


 ナシエノは、掛け時計と腕時計を交互に見ながら時間を確かめている。


 と、その時。




「時間通りだな」



 ルクたちの背後から声がする。


 ナシエノが上品な女性らしいしっとりした声だとするのなら、その声はその逆。男らしさが混じるハスキーボイス。しかし確かに、女性の声色こわいろであった。




 ルクは後ろを振り向く。隣の副長サブマスターは少し頬を緩めるだけで、振り向こうとはしなかった。


 そこに居たのは、いかにも博士というべき人物だった。


 その肌は着ている白衣との境目が分からないほどに白く、どれだけ外に出ない生活が長いのかを雄弁ゆうべんに語っていた。


 それとは対照的に、髪は鮮やかな青ビビットブルーをしていた。微風そよかぜにってたなびくそれは、まるで雪解け水によって出来た川のようだった。


「いいえ、遅いわ。私の時計も大講堂の時計も、貴女が2分の遅刻をしていることを示している」


「甘いな。この世界の中心は何処どこだ? 初学生初等学校生でも分かるぞ」


「まさか、大王国の首都であるレトネックの標準時なら遅刻していないとでものたまうつもり? 」


「お前も多少は賢くなったようだ。これなら初等学校は卒業できるぞ、良かったな」


「それに比べて、貴女はその馬鹿さ加減に磨きがかかったようね。詭弁きべんもいいとこだわ」


 悪口なんだか軽口なんだか分からない言葉の応酬おうしゅうが、ルクの頭上を飛び交う。久々の再会であるはずなのに、顔すら合わせようとしない。


 ちなみに、現在のレトネックは太陽の動きと距離から算出すると、この場所よりも20分程遅いことになる。


 つまり遅刻はしていないと言えるが、勿論ここはレトネックではない。これに関しては、間違いなくナシエノの意見が正しいだろう。


 ようやくそこで、一度不毛ふもうな言い合いは止まり、やっと二人は向き合う。


「全く変わらないな」


「そっちもね」


 お互いの表情には先程までの刺々しさはなく、柔和で懐かしむようなものになっていた。


「まずは、要件を済ませようじゃないか。彼は調べがいがありそうで楽しみだ」


 目を輝かせながら、ルクに向き直る女性。


「うちの子なんだから、丁重にしなさいね。貴女には被検体モルモットぐらいにしか見えてないんだろうけど。何かあったらタダじゃおかないから」


 溜息ためいきをつきながら、女性に念を押すナシエノ。



「確かに、興味深い少年ではある。が、その前に人間であることをこの私が忘れると思うか?」

 

「いとも簡単に忘れるから、言ってるんでしょうが」


 ナシエノは肩をすくめ、ルクはその言葉に素直に頷けないでいた。


(人間、ですか。……いや、これから分かることを気にしても、詮無きことですね)


 決して、小さくない問いだった。寧ろ、ルクにしてみれば最も大きいといっても過言ではなかった。


 『自分は誰なのか』


 常人の考えるとは少し違った意味合いを持つ命題。


 物心ついた時からずっとルクの中に留まって、むしばんでくるようなことすらあった。


 それを解決することが、俗世にまみれた人々がひしめき合う地上へと降りてきた何よりの理由だ。


「ルク君、とか言ったかな? 私はヘラエサー、ヘラエサー=シテレフだ。よろしく」


「はい、ルク=シュゼンベルクと言います。こちらこそ、よろしくお願いします」


「うむ、いい返事だ。私の研究室遊び場へ案内しよう。ついてきたまえ」


 そう言うと、彼女はスタスタと歩き始めてしまう。ルクとナシエノはそれに続くしか無かった。


 最低限の礼節は弁えていたのね、とナシエノはルクだけに聞こえる音量でつぶやいた。




 ______________________





「ここら辺に…………あった!」


「おいおい、また見つけたのかよ。って、臭っ!どこにあったんだよ、それ」


「ゴミ箱のなかだけど? 」


「____ 」


 さも当然のように言うクリネに、レマグは呆れを通り越して尊敬すら覚えた。部屋が汚いことを自覚しているレマグですら、真似出来ない所業だった。


(あいつのこととなると、すぐこれだからなぁ……飼い犬じゃないんだから)


 クリネは正しく犬のように周囲を見渡し、さりげなくも必死にご主人様ルクを探している。


 しかしながら、下手に探索力が高いものだからレマグよりも多くの遺失物を見つけていく。




「ねぇねぇ、レマグ。こういう物の持ち主って、きっと本気で見つけて欲しいって思ってるんだよね」


「そりゃ、わざわざクエストを依頼するぐらいだからな。報酬をつける人だって少なくないし」


「そう、だよね……………あのさ、こんなこと言ったら変かも知れないけど」


「どうした? 」


 いつも変だから大丈夫、と茶化そうとも思ったが、彼女の雰囲気が真剣そのものだったので止めた。


「私、ちょっとだけなんだけど、人の『思い』というか『願い』みたいなのが分かるんだよね」


 「じゃあ、私が今考えていることとか……」


 「うぅんと、人の心というよりは物の心というか……」


 ふと、レマグの頭の中に『残留思念』という単語が出てくる。物に宿った人の残滓ざんしを表す語句。


(この世界には、そのような特殊能力を持つ人がいると聞いたことがあるけど……)


「でも、どうしてこのタイミングで?」


 今まで彼女がクリネと探索系のクエストに行ったのは、一度や二度ではない。この能力にしたって、数をこなしていくうちにこうして直接言われなくとも勘付くことができた。


 だからこそ、不自然なタイミングだった。


「それがね、この子のことなんだけど」


 そういいながら、クリネは先程ごみ箱から拾い上げた物体をこちらに向けてくる。




 果たして、それはクマのぬいぐるみだった。




 赤い蝶ネクタイをつけたありきたりなデザイン。いまや、傷まみれの無残な姿となってクリネの手にだらんとぶら下がっている。


 持ち主は、このクマのことなど記憶の彼方に追いやってしまっているだろう。


 「『憎しみ』を感じるの、この子からは。溢れて溢れて、止まらない。でも、その中に『喜び』も混じってる。うぅ、こんなの初めてだよ……」


 そう言う彼女の手は、小刻みに震えていた。顔は泣きそうとまでは言わなくとも、不安で怯えているようにも見える。


「何をそんなに気にしているだ? 今までこのクマが遊び相手だったのに、親に無理やり捨てさせられたぐらいのことだろ」


 そこまで、不安を覚える理由が分からなかった。


「そんなんじゃないよ。もっと大きい感情だよ」


 真っ向から否定してくるクリネ。


 振り返るとこういう時に限って彼女は頑固なところがあり、なかなか食い下がってくることをレマグは知っていた。



 すると、








「怖いのか、それが」








「えっ、」


(この声、どこかで……?)




 背後、ではなく真正面から人影が迫ってくる。ビル同士の合間にできたわずかな光によって、その姿が現れる。




 囚人そのものだった。着ている上下モノクロストライプ柄の服は、手足の裾が擦り切れてボロ雑巾と形容する他なかった。


 両手には繋ぎ止める鎖が取れた手錠があり、腕輪のようになっている。


 顔は特に特徴もない、中肉中背。まず間違いなく、声と姿形から見て男だろうと判断する。


 だが、


()


 普通、人間というものは多少なりとも歩く際に関わらず軸がぶれる。それをなるべくズラさずに特定の動きが出来る者が、スポーツなどで活躍する。


 でもそれは自然に身についたものだろうが、後天的だろうが全くぶれないことなど考えられない。


 体に鉄柱でも仕込まない限りは、有り得ることではないだろう。


 そのため、どこから攻めても受けられる気がした。体格はそれほどでもないのに、圧倒的なプレッシャーを与えてくる。


 殺気とも異なるその圧は、レマグに冷や汗をかかせるには十二分だった。



 そして、気になることが一つ。軸のことを気づいた後に、思い浮かんだ疑問。







「ああ」


 



 レマグにしてみれば衝撃的事実にも関わらず、あまりにあっさりと彼は認めた。

 

 

 

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