受注

 判然としないままお開きとなった話し合いから、一週間ほどが経過した後。遂にナシエノから、ヘラエサーと連絡をとることが出来たという旨のメールがルクの端末に飛んできた。


 その日は、たまたま自分自身に設けていたオフの日だった。そのため昼近くになって目覚めたのだが、そのメールによって眠気は吹き飛ばされた。


 そのメールによると、どうやらヘラエサーはおおむね好意的な返事が来たようだ。


 概ね、というのには訳があるようでどうやら、条件が提示されたらしい。


 一つ、健康状態を万全な状態にすること。これにはルクも賛成だった。基本的に、やることは健康診断と変わらないのだろう。


 ルクの場合、自身の体調管理は全て自力で完結することが出来るので、さほど気にすることではなかった。



 問題は二つ目だった。最後にして、最大の条件。




 それはお金でも情報でも無かった。






「『一ヶ月間、無償でヘラエサー研究チームに所属すること』……どうしたものですかね」



 ルクは、比較的片付いている自室でぽつりと独りごちた。





 ______________________






 同日、ギルドにて。


「うーん、どれにしようかな」


 クリネは、ギルド内に設置された掲示板をずっと眺めていた。いつも隣にいるはずのルクはいない。


 その位置に立っているのは、レマグだった。珍しくメカチックな戦闘服に身を包み、顔もいつもより引き締まっているように見える。


 残念なのは、その戦闘服が明らかにということだけだった。


 レマグたちの他にも、たくさんのハンターたちがひしめき合っていた。


「おいー、いつまで迷ってるんだよ。とっとと決めようぜ、とっとと」


「そんなこと言われても〜」


 クリネは、依頼を決めかねているを見せる。長らく付き合ってきたレマグにとっては、彼女の考えていることなど手に取るように分かった。


「いつまで待ったって、ルクはこねーぞ」


「な」


 目に見えて、表情が固まるクリネ。


 改めて、レマグは彼女の感情表現の分かりやすさを感じた。自分がいなかったら、そこら辺の詐欺師に引っ掛けられているかもしれない。


「はぁ……こっちは、久しぶりの狩りにうずうずしてるんだ。デカいの行こうぜ」


「……だけど」


 嘆息しながらレマグが言うが、クリネは食い下がる。ここにいる親友の意見よりも、待ち人の存在の方が大きいのだろう。何にとは言わないが、盲目だった。


 そうは言っても、流されやすいクリネがこれほどまでに抵抗するのは、とても珍しいことだ。災厄の前触れでないことを、祈るばかりである。


「じゃあ、これ受注っと」


「ちょ、ちょっと」


 レマグはそんなことを思いながらも、悩んでいるクリネの横に腕を通すようにして、様々な依頼が表示されている掲示板に触れる。


 ほとんどクリネの影に隠れてしまっていたので詳細は不明だったが、かろうじて『討伐』の二文字は確認することが出来た。


「場所は……おっ、か。ここから近いじゃん」


「もう勝手に……」


 親友は不満げな表情を崩そうとしなかったが、ここでずっと待っていても彼が来ることは無い。それは数日前に、ルク本人が自分たちに言ってきたので確かだ。


 そして周囲のハンターたちがこちらを迷惑そうに見ているので、そろそろ退かないと不味まずい。


 受注完了を知らせる通知音が腕時計型万能デバイス『エルンスト』から鳴り響いたのを聞くやいなや、渋るクリネの手を引っ張り、逃げるようにしてギルドを去ったのであった。





 ______________________





 今回の標的がいるのは、ラニドロ平原という場所だった。比較的初心者ルーキーにも倒しやすい魔物が、大量に湧出ポップすることで知られる。


 しかし今回の依頼は、そんな場所にしては珍しく大型の獲物を討伐することだった。


 魔物の湧出に関しては、地下にある地脈・龍脈、空気中に偶発的に発生するマナ流が関係していると言われている。


 いくらマナ流が溜まりにくく、強力な独立個体の出来にくい平原といえども、時としてそんな個体が生まれることもある。


 こういうケースの場合、早く対処しないと知らずに出くわしてしまった初心者ハンターが、軒並み狩られてしまう。


 そのため、この依頼は最も目立つ掲示板の一番上に表示され、至急討伐対象になっていた。


 当然成功報酬も高く、引く手数多ならぬ受ける手数多なこの依頼を受注できたのは、幸運とも言えた。逆に言えば、その分難易度も高いということだが。






 二人が平原に面する南のゲートを抜けると、一帯が緑に覆われていた。視界の限界まで広がるそれは、誰でも一度は息を飲む光景だろう。


「……うぅんーっ」


 レマグは、思いっきり伸びをした。


 既に南中まで登った太陽が、優しく世界を照らしていた。草に反射した光がまばゆい。


 心地よい風に草木が揺れ、土の匂いが鼻腔を刺激する。どこまでも、青空と草原の鮮やかなコントラストが続いている。


「いやぁ、久しぶりに外に出たけどやっぱりいいもんだな……」


 決してアウトドアが嫌いな訳では無いが、どちらかといえば勿論インドア派のレマグが言う。


「最近は、何徹してたの?」


「一、二……四かな」


 平然と答えたレマグに対し、クリネは顔をしかめる。


「仕方ないだろ、ここ数日間は予選があったんだから。練習期間も含めたら、むしろ寝た方だぜ」


 予選とは、言わずもがなゲームの話である。


 世界プレイ人口がトップクラスの大人気ゲームの予選会があったのだ。賞金もかなりの額になるという。レマグにしてみれば、本職より大事なことだった。


「もう、しっかり寝なきゃ大きくなれないよ?」



「お前は、私の母親か………………っと。うん……やっぱり


「レマグもそう思う?」


 レマグは軽口の応酬おうしゅうをしつつも、如実にょじつに違和感を感じとっていた。クリネもまた、同じことを考えていたようだった。


「雑魚が


 当たり前だが、ここはゲーム世界ではない。そのため、魔物の湧きがこれほどまでに減るのは不自然だった。


 そこから考えられる結論は、


「……やばいのがいるな、一匹。結構な量のマナがこっちまで来てやがる。依頼のやつだな」


「うん、そうだね」


 神妙しんみょうな面持ちで、クリネも同意してくる。



 明らかに一点に集中しているマナ流を頼りに、二人は歩みを進めた。草しかないのでとても動きやすいが、遮蔽物もないので隠れることも出来ない。




「いた」




 同じような景色が続き、そろそろ目が飽きてきた頃。レマグが真っ先にその姿を捉えた。


 二百メートルほど先に、それは存在していた。


 まず目に付くのは、異常に発達した角。枝状に伸びた角は、少し振るうだけでも十分な威力を持つだろう。


 またそれに比例するかのように、体格も大きかった。丸太をそのまま横にしたかのような丸みを帯びた胴から、四肢が出ている。足の先端には、いかにも硬そうなひづめが備わっている。







「よりにもよって、巨鹿リィードかよ……」







 元は鹿の魔物というより、鹿の形をした何かと言った方が、表現としては正しいだろう。放つ威圧のレベルが、そこらの魔物とは格が違った。


 討伐危険度サブジュゲーションリスク5。この辺になってくると、一般人での対処はほぼ不可能となり、ハンターの出番となる。


 油断しなかったとしても、新人ハンターが命を落とす危険があった。自惚れるつもりはなかったが、自分たちが来て正解だと思った。


「じゃあ、このの出番かな」


 専用の端末を器用に操作すると、演算が開始された。端末内の記憶装置に保存されている0と1の記号の列が、意味あるコードへと変換されていく。


 やがて、端末から数字の羅列が飛び出し、平原の上に形あるものとして並んでいく。渦を巻くものもあれば、くねくねと不規則に曲がるものもある。


 その数列たちが、複雑に折り重なり組み合わさって、まるで織物のように形が作られていく。


「久しぶり、|双自立式浮遊型戦闘用ユニット-汎用魔素砲形態バニチャーI


 レマグは、いっそ愛おしそうに語りかける。


 視線の先にあるのは、ふわふわと浮遊した二門の砲台だった。しかし、旧時代から存在するものとは一味違い、かなり砲身が細い。形だけなら、砲と言うよりむしろ刀だった。


 柄や持ち手にあたる部分は、角を削ぎ落とした箱型のバッテリーになっていた。さらにそのバッテリーの上部には、ボトルのようなマナ吸引装置が接続されている。


 するとブォンと起動音が鳴り、いかにも機械めいた抑揚よくようのない声がユニットから響き始めた。


《……起動。前回の起動から30時間が経過。再起動後マニュアルに従い、主要マナ制御装置の安全性を確認中……》


「あー、やめやめ。そんなことしなくて、いいって」


「大丈夫なの?」


「心配ない」


 急に中止命令を出したレマグだったが、幸いバニチャーIは優秀だった。決められたマニュアルよりも、マスターの指示に忠実に従い、確認作業を中断する。


 クリネは心配そうに声を掛けてくるが、事前の点検を何よりも信用できる自らの手で行っているので、自信満々に返事をする。


 それに、


「ここでちんたらしてたら、獲物が逃げちまう。ただでさえ、起動音を立てたんだから………ほら」


 レマグの視線の先には、こちらの存在に気づきにらんできているリィードの姿があった。


 自分の縄張りに入られたことが余程気に入らなかったのか、鼻息を荒く立てている。かなりお怒りモードだ。


「い、いけるかな?」


 自分より先に上級ハンターになったと言うのに、未だに自信がない親友が聞いてくる。


「一回。それで仕留めきれなかったら、あとは頼む。異論は認めん!」


 クリネが反論の声らしきものを発するが、虚しくそれはマナ吸引音で掻き消される。


 空気中にあるマナを効率よく吸収し、エネルギーとして打ち出すこの砲は、充填チャージ時に大きな音を立てることで知られる。


 音を抑えながら吸収することも可能だが、チャージが遅い上に効率も悪い。どうせバレてるなら、ということでフルチャージに近い吸収をレマグは選択した。


《80%……90%……95%、100%、チャージ完了。メインシステム、オールグリーン。常時、発射可能》


安全装置セーフティー解除。対象を眼前の巨鹿リィードに設定。以降、対象をアルファと呼称」


 普段のふざけた雰囲気を消し、レマグは淡々と的確な指示を送っていく。そんな彼女を見て、クリネが意外と様になっている、などと思っていることも知らずに。


 そして、くだんのリィードはこちらに向かって駆け出し始めた。


 あの速さならばこの距離などあっという間に縮まってしまうだろうと考えつつも、デバイスの応答に集中する。


《了解。これより、アルファへの照準調整及び発射シークエンスに移行》


 動きのある標的のためか、微調整を繰り返しつつも二門の砲台は八の字型に展開していく。その先にあるのはリィードの頭。言葉通り、一撃で仕留めるつもりだった。


「待て……」


 多少の空気減衰げんすいも考慮に入れ、なるべく敵を近くに引きつける。


 砂埃すなぼこりを撒き散らし地を駆けるその姿は、勇壮ゆうそうそのものであった。写真として収められていれさえすれば、芸術だなどと呑気のんきなことも言えただろう。


 生憎あいにく、状況がゆっくり鑑賞することを許してくれない。


「あと、3秒……2秒……1秒……今だ!」


《発射》


 一瞬砲口が輝いたかと思うと、轟音と共に光条が射出された。真っ直ぐに伸びた白線は、そのまま鹿の頭に直撃した。獣の認知速度など、当に超えていた。


 音すらなく、リィードの頭は蒸発する。自動的に出力が計算されているため、後ろに突き抜けて二次的な被害を生み出すこともなかった。


「完璧……とは言いきれないかな」


 レマグの言葉通り、光線は頭の中心よりも少し右にずれた所を貫通していた。しかし、リィードが絶命するのには、十分な威力だった。


 一定のリズムで痙攣した後、体がかしいでいく。大きめの物を落とした時のような鈍い音を立てながら、鹿は力なく横に倒れた。


「これで、依頼完了っと。ま、久々にしてはいい結果じゃない。上出来、上出来」


 満足そうにうなづくレマグ。クリネは既に息を引き取った今回の獲物を見て、


「いつ見ても、凄い威力……」


 ちょっと引き気味の感動があったようだった。敵に回したくない、というニュアンスなのだろうか。


「あとは、ギルドに行くだけ!」


 元気よく腹の底から声を出し、レマグは歩き出す。


 マスターの発言内容を察したのか、バニチャーIは勝手に数字の羅列となり、端末に収納されていく。


 機械を駆使し、様々な状況に対応していく。また精密に弱点をつくことに特化し、最短で一連の流れシーケンスを終わらせる。




 これが、レマグ=ロクラタイナ流の『狩り』だった。



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