白状

「あんなこと言って良かったの?」


「うーむ、あいつとは最近とは会っていないが、まあ大丈夫だろう」


 凄みのある言葉により、まるで逃げるように治維連が帰っていった後のこと。アルフレッドは、先程の行為を少し反省しているかのような口振りだった。


 何かとお偉いさんの知り合いが、多いように感じた。このコネの広さが当時の、いや、現在に至るまでの彼の実績を如実に示しているのだろうと考えた。


「とにかく、今出来ることは無いわね。でも……」


「ナシエノさん、どうしたのですか?」


 彼女は考えた後、そっと言葉を紡ぎ出す。それはこの話題の核心をつくものだった。




「ルク。あなた、今回が初接触じゃないでしょ。喪失者達ロスターズといつから関わっていたの?」




 ______________________





 大通りの人混みの中、二人は会話を続けていた。野次馬の罵声すらも、BGM程度にしか感じられなかった。


「……あの時、ギルドで私にルクが言ってきたんだよ」


 そうレマグは、ぽつりぽつりと語り始めた。


 トレードマークの狐耳はぺたっと垂れ、まるで悪戯がバレて決まりが悪そうな飼い犬のようだった。


 クリネも、一言一言を取りこぼさないように注意深く聞く。


「お前の目を盗んで、私に耳打ちする形でな。『クリネを連れて逃げろ』って。きっと、あのジーパン男のやばさを悟ったんだろうな」


「じゃあ、何でその時、」


「言おうとはしたさ。けど、言おうとしたらあいつが、ルクが今度は目で語ってきたんだよ」


「私に言うなって?」


「まあ、そんなとこだと思う。正しいことはあいつにしか分からないけど、悲しそうだったのは間違いない」


「……」


 言葉が出ない、とはまさにこのことだろうと思った。


 その行動は、彼なりの心配だったのかも知れない。でもやっぱり、頼って欲しかったし、信用して欲しかった。


 大切にはされているのだろうが、これではまるで世話の焼ける子ども扱いだ。


 ふと戦神が自分に対して言った『お荷物』という辛辣な表現が、頭をもたげた。


「クリネが納得しないことは、あいつも織り込み済みだとは思うぜ。でも、そうしなきゃならなかった」


「……どうして、そんなことが言い切れるの?いくらルクさんだって、そんなこと」


 少し語気を荒らげしまったせいなのか、周囲の興味を引いてしまったようだ。


 はぁ、はぁと息を吐きながらも、レマグから目を離すことはしない。彼女の返事を待つ。


 そしてそれは、予想外の返答だった。






。だって、ルクとお前は出会ってからずっと一緒に生活してきたようなもんだろ。そんな奴がお前の心中ぐらい察したって、不自然じゃないと思うけどな。例え完璧じゃなくても、180度違うようには考えないんじゃねぇの?」






「っ」







「お前から聞いた、戦神ガランド爺ちゃんとの戦いの時もそうだ。誰よりもお前が傷つくことを嫌って、お前の為に怒ってくれたらしいじゃねぇか。そんな奴がお前が嫌がるようなことを躊躇ためらいもなくすると思うか?」





「っ」





「素直に言わなかったことは謝る。悪かった。だけど、あいつルクあいつルクなりにお前クリネのことを考えての行動だったことを忘れるな。お前があいつを信じれなくてどうする。もっと信頼されたいんだったら、まずは自分からだ」





 綺麗事、薄っぺらい、理想論。こんな意見を否定する語なんて、星の数ほどある。けれど、言い返すことが出来なかった。


 それは自分に思い当たる節があったのか、それとも別の要因があるのか。


 でも、内容の是非ぜひ云々うんぬん関係なく、これだけは確かだと思った。






 





 そして、それが何より嬉しいことだった。



 いつしか、その気持ちは安いプライドというペンキに塗りつぶされてしまった。自分のことなんて考えてくれてない、と一方的な見方しか出来ず、愚かな行動をした。


 そのことに気づかされたのはクリネにとって大きく、また情けないと思うことでもあった。




 ______________________






 ルクは、白状する覚悟を決めた。


「分かりました。あの時のこと、初めて喪失者達ロスターズに会った時のことを全てお話します」


 ルクの持つ雰囲気によってなのか、二人も表情を固くしたように見えた。空気が、また緊迫したものへと戻っていく。


「それは、昨日のことでした」


「ちょっと待って。昨日って言ったように、聞こえたけど。聞き間違いかしら?」


「その通りですよ」


「貴方、そんな体で…………ってごめんなさい、何でもないわ。話を続けてちょうだい」


 ナシエノはそれ以降質問してこなかったが、判然としていない感じだった。事実、連戦と言っても過言では無い状況だったのだから、聞き返してしまうのも頷けた。


「事の発端は、あの初心者殺しルーキーキラーのエイコスさんの話です。あの人が知り合いから例の『会社員殺人事件』のことを聞いたらしくて、僕に教えてくれたんですよ」


「ああ、新人いびりスレスレのことやってるハンターね。まあ、あれのお陰でハンターの質が上がっているから、文句は言えないんだけど」


 やはり、『洗礼』のことはギルドの上の方にも知られていたようだ。思い返してみれば、空気からしてあの時が初めてではなさそうだった。


 その後、エイコスの名誉を損なわない程度に詳細な説明をした。


 彼は決してルクの中では強い者では無かったが、人として尊敬が出来る人物であることには、違いなかった。


 その後に、市井しせいの噂を頼りにしてダムという組織ロスターズの一員に出会ったということ。彼もしくは彼女が、『憤怒』の喪失者であることも話した。



 アルフレッドも聞いている間は、終始黙っていたが途中途中頷いていた。それは相槌あいづちと言うよりむしろ、内容を自分自身に落とし込んでいる様子だった。




「……ということで、今に至るわけです。報告が遅れてしまったことは、申し訳ありません。また、自分の力不足が」


「そんなに自分を卑下ひげしないの」


 ルクがいつものように反省モードに入ろうとしたところを、ナシエノが止める。


「きっと、あなたの悪い癖ね。そうやって自分が悪い、自分のせいだって思い込む。それじゃ、身が持たないわ。いつか、無理が来る」


「は、はい……」


 思わぬ所でさとされ戸惑いながらも、首肯するルク。


「さて、どうしたものかしら……今回の件も含めて、あまりに連続して起こりすぎているのよね。じゃあ、喪失者達ロスターズの目的はまさか……」


「僕だと思っておられるのなら、それは間違いですよ」


「え?」


 あまりに先読みしすぎた返答に、今度はナシエノが驚く番だった。


「何故、言いきれる?」


 暫くの間口を閉ざしていた、アルフレッドが聞いてきた。


「はっきりと、彼もしくは彼女ダムは言いました。自分たちの目的はあくまでクリネであると。これは憶測ですが、僕は接触するための媒体扱いなんだと思います」


「ならば、ダムがお前を殺さなかったのも道理か……」


「少し、それは早計かもしれません」


「む?」


 奇しくも、先程のナシエノと同じ反応をとる。当のナシエノ本人は、興味深そうに傾聴している。


「ダムが僕を殺せたのは、否定しません。しかし、あの時ダムは。まるで、たのしんでいるかのようでした」


「それは組織からすれば、非効率的なんじゃないのかしら?」


 これも当然の疑問だ。


 普通に考えれば、クリネの捜索及び身柄確保の障害となり得るルクを潰すことは優先事項だろう。


「あの組織は『感情の喪失』を自らうたっているだけあって、何かが欠落しているんだと思います。常人では捉えられない、何かを抱えてる」


 ここまで突き詰めて考えると、より一層情報の無さが浮き彫りになったように感じた。


 ルクだって、ダムとは戦闘をしただけなのだ。それだけで全てを把握するのは不可能と言えた。ましてや、完璧になど出来るはずもない。


 二人も渋い顔を崩すことは無く、この話し合いは曖昧な感じにお開きとなってしまった。




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