盗聴

 長い話し合いの割に、決まったことはそんなに多くはなかった。


 何せ、当のヘラエサーと連絡がつくかすら怪しいこの状況では、何一つ具体的なことを決めることが出来なかったからだ。


 結局、連絡はナシエノに任せ、もし取れたらそこからまた予定を調整することになった。


 それまでは、なるべく大人しくしているようにと、ギルドマスターから伝えられた。喪失者達ロスターズにバレたら、大事おおごとになると彼は読んでいるという。


 それには、ルクも賛成だった。


 狙いはクリネらしいが、ルクも関わりのある者として、彼らに目をつけられていることは間違いないだろう。


 さらにユオラエジュを倒したことがバレれば、状況は悪化の一途を辿るに違いない。最悪、ギルド襲撃ということも考えられる。




 このようなことを話し合うに留まり、この会議は幕を閉じた。





 






 一人、聞こえるはずのない三人のみの密談を盗み聞いている者がいた。





 ______________________








 クリネたちは、ゲームセンターを湧かせる大試合を繰り広げた後、ギルドに戻ることにした。


 レマグは再戦を挑もうとしていたが、ルクのことが心配だと言うと、思いの外すんなりと了承してくれた。


 その言葉を聞いた時、レマグの表情がかげったような気がした。





 ゲームセンターを出ると、再び暑さが2人を襲った。だるような、と言うといささかオーバーなものの、決して涼しいとは表現出来ない暑さ。


 クリネは回れ右をして、あの冷房の効いた空間に戻りたくなったが、そういう訳にもいかない。




 ルクに会えることに対してのはやる気持ちを抑えつつ、あまり乗り気でないレマグと共に、クリネは歩き出した。




 しかしギルドに繋がる大通りに出た時、あることに気づきその歩みは止まった。


 いや、気づくと言うよりは、目に入らざるを得なかったと言った方が正しいか。




「えっ、


「……」



 視界をを埋め尽くす観衆、野次馬、傍観者。


 たまに出来る隙間から、裏口をふさいでいる警戒色の規制線がチラチラと伺うことが出来た。


 ギルド全体が封鎖されている。


 広いはずの通りが人で埋め尽くされ、熱気をまとっていた。怒号どごうすら聞こえてくる。


 彼らを言い表す言葉は数あれど、目的はただ一つだろう。




 人をき分けてでも見たい、何かが起きたのだ。そして、騒ぎ様から判断して良いことでは無いだろう。


「これだと、ギルドに入れなそうだな……」


「じゃあ、正面入口の方は……」


「ダメだろうな。というか、そっち正面の方で事件が起こったんだろうな」


「えっ、どうして?」


 クリネは、純粋に疑問を抱いた。今、ここから得られる情報は裏口に封鎖がなされていることだけ。


 それなのに、どうして正門の方で事件が起こったと言えるのだろうか。


 そしてその時、明らかにレマグは失言に気づいた表情になった。




「あっ…………いや、うん。ほらさ、うちらがゲーセンいる時、悲鳴とかが聞こえなかっただろ?だから……」






「…………ねぇ、レマグ。






「っ。………………じゃあ、聞き返すようだがどうしてそんなことが言いきれるんだ?」


 まず何よりも、その反応が示していた。


 いつものレマグと違って、少し早口で文末になるに連れ語気が強くなっていた。返答にも時間がかかっている。


 怪しい。きっと彼女は隠し事をしている。少なくともクリネはそう口調や態度から判断した。


「だって、おかしいよ。私たちはゲームセンターにいたんだから、多少の悲鳴は掻き消されちゃうはず。しかも、前にあのゲームセンターは近所迷惑防止のために、防音壁で作られてるってレマグが言っていたじゃない」


 さらに、問い詰める。


 こんなことはクリネだってしたくはなかった。これではまるで、尋問だ。友達にするようなことではない。


 だけどここで下がるのも、何か違うような気がした。


「____ 」


 レマグは、その質問に対し沈黙を貫いていた。顔は心しか焦っているようにも思えた。


「なんで、隠すの?言えないような事情があるなら、正直にそう言って。正門で何があったの?いや」


 クリネは、一旦そこで言葉を切った。流石さすがまくし立て過ぎたためか、呼吸を整えなければならなかった。





 次の一言が決め手となった。






「…………






 その時、明らかにレマグの表情が変わった。







 ______________________










一斉捜査いっせいそうさだ!この中にいる者は、誰一人として外に出るな!」


 最初に聞こえてきたこの言葉が、合図となった。


「……何っ!」


「来たわね……予想以上の早さだったけど」


 今度こそ、二人は別の反応をとった。


 アルフレッドが慌てていることに対し、ナシエノは驚きつつも、どこか予知していたかのような声色こわいろ



 暫く、部屋にいるとこちらに近づいて来る足音がする。一つや二つではきかない。もっと大勢の集団が迫ってきていた。


 扉が乱暴に開かれる。ノックなどあるはずもなかった。


「この区のギルドマスターは誰だ?」


 開口一番、遠慮のない切り込んだ質問がなされた。元からその場にいた三人の顔がこわばる。



 ルクの予想通り、出てきたのは治維連の者たちだった。全員、独特の鈍色の制服を身にまとい、左腰には伸縮性のある棒を携帯している。


 質問をしてきたのは、リーダー格のような男だった。


 一人だけ胸にある勲章が多く、さらに棒がある反対側の腰には、拳銃リボルバー用のホルスターが付いていた。当たり前だが、中身もある。




「私がこの区のギルドマスター、アルフレッド=ロクラタイナだ。二つ名は覇王チャンピオン


 ハンター界隈の常識として、二つ名というのは大変に効力を持つ。


 既に世に広まっている二つ名をかたることは、固く禁じられている。


 破ったらどうなるかは、具体的には決められていない。私刑リンチということも有り得る。


 そのため、アルフレッドは信用を得るためにそう言ったのだが、


「貴様らの意味のわからんその二つ名文化など、なんの証明にもならん。あれだ、承認印だ。ギルド内で使っているギルドマスターの承認印を見せろ」


 一蹴だった。興味がないと言うより、毛嫌いしているかのような感じだった。


 アルフレッドは素直に指示に従った。ここで渋ったりなどしたら、きっとあとが面倒だろう。


 アルフレッドはおもむろに立ち上がると、応接間の奥に設置された机へと向かった。


 机の前でしゃがみこみ、抽斗ひきだしに取り付けられたダイヤルを何度か捻る。


 すると、カチッという音とともに抽斗が開いた。


「早く、こっちに見せろ」


 傲岸不遜な態度は、相変わらずだった。


 自分たちは、ハンターのような野蛮な奴らとは違う、そういった思い込みがプライドを形成していた。


 アルフレッドが、その場でよく見えるように印を掲げた。


 それにも関わらず、


「……見えないな。もっとこっちに寄れ」


 渋々しぶしぶながらといった様子で、アルフレッドはリーダー格に近づいた。


 ルクとすれ違うその刹那に、アルフレッドと目が合った。それだけで、彼の言わんとすることを察する。


「これは失礼しました。こちらが印でございます」


 口調こそ穏やかだが、込み上げている怒りが隠しきれていなかった。


 リーダーは、ジロジロと印を眺める。そして数秒悩んだあと、




 印を奪い取ろうと、手を伸ばした。




 同時に伸ばした腕を何かが掴んだ。




「っ」




「おい、あんまりハンターを舐めるんじゃねぇよ。お前みたいな礼儀も何もかもが成ってない、どうしようもないやつが、この世界を腐らせてるんだよっ!」



「ひぃぃ!!」


 アルフレッドの怒りはとうとう、爆発した。先程から見せていた態度もそうだが、あまつさえ印を盗もうとしたのだ。


 法を守らせるための立場の人間が、法にもとるような行動をしたのだ。到底許されることではなかった。


「取り乱して申し訳ありません。ですが、先程の行為はあまりにも目に余る。このことは上にご報告させていただきます」


「ふ、ふん。いいさ、こんなちんけな区のギルドマスターに何が出来るというのだ。俺の父は、本部に勤めてるんだ」


「だから、大抵の事は許されると」


「あ、ああ、そうだとも」


 ここで許しをうたとしたら、アルフレッドなら見逃してくれたかもしれない。



 しかし、リーダーはこのチャンスを棒に振った。




「すみませんが、私は治安維持連盟総長と旧知でしてね」




明らかに、彼が青ざめるのが見て取れた。


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