提案


「まぁ、見ててよ」



 クリネは、思わせぶりな口調でそう言った。



 いつものあわあわとしている姿とは違い、自信に満ちた勝者の笑み。負けることを微塵も考えていないような顔つきだった。


「今度は、何をするつもりだよ!?」


 ほんの十数秒前にみせたあの運転技術ドライビングテクニックといい、今日のクリネはいつもとは違うことをレマグはひしひしと感じていた。



 ゲーマーを自他ともに認めている自分が、こんな新規ニュービーに負ける訳にはいかない。


 そういった焦りが、レマグのハンドルを握る手を強めさせた。


 コントーラーをいつも握っているためか、同年代の女性より遥かに強力な握力が、ハンドルを襲う。ギチギチと不穏な音を立て始める。


 しかし同時に、クリネの余裕がどこから来ているのかを疑問に思う気持ちもあった。


 確かに、先程の慣性ドリフトは目を見張るものがあった。


 そのテクニックをどこで身につけたかも謎だが、それ以前に、この先のカーブは


 通常、慣性ドリフトはヘアピンカーブですら不向きな、扱い所の難しいドリフトである。


 それを、ほとんど180度スプーンカーブに近いカーブでやってのけようなど、無謀の一言に尽きる。


「慣性ドリフトじゃ、そのカーブは曲がりきれないんだぞ! 死にたいのか!」


 単なるレースゲームなので、死ぬことは有り得ないのだが、そんなことを気にしている場合では無かった。


 クリネの心配というよりも、自分自身に言い聞かせるように声を出したと表現する方が正しいだろう。




 けれど、




「自分のカーブに集中した方がいいんじゃない? ゲーマーさん」


「な」



 彼女が動じることは無かった。


 そしてクリネの言葉通り、壁はすぐそこまで迫っていた。


 若干手こずりながらも、カーブのためにギアチェンジを行う。慣れているはずの動きですら、このざまだった。


 そのことが、さらにレマグの焦りを加速させた。


 対照的に、レマグの車はなめらかに減速を行なう。目ではクリネを追いつつも、カーブに最適だと思われるスピードを上手に保っていく。



(これ以上スピードを速めたら、ぶつかるはず……)


 加速性能だけでなく、カーブ性能でもクリネの方が劣っていることは、データではっきりと示されていた。


 それなのに、何故。


 彼女は、あんなにも自信に満ち溢れているのか。数字には現れない隠れた性能があるとでもいうのか。





 遂に、クリネの車がカーブに差し掛かる。



「な、なんだあれは!?」


 レマグが口にしたことは、観衆の総意でもあった。


 彼らが見たもの、それは。






「車輪を溝に落とした……?」






『溝落とし』


 ガードレールすれすれまで、車体を寄せたことで、道路の脇にある溝にタイヤを落とし込む技。


 これを使えばヘアピンであるにも関わらず、減速無しでカーブを曲がれるのだ。



 しかし、これはあくまで理論上のこと。実践するとなると、話は変わってくる。


 ギリギリまでガードレールに寄せる技術、落とすタイミング、ハンドルの切り加減、そして何より度胸。


 そのどれが欠けても、この技は成功しない。


 見かけ以上に難易度の高いこの技を、この大舞台で繰り出してくるクリネに、賞賛の声が上がる。




「やるなぁ……」


「流石に真似出来ないな……」


「お、俺は信じてたぞ!きっと、この子はやるって!」



 レマグも鮮やかなコーナリングを決めたものの、賞賛どころか誰も注目することは無かった。



 その後、レースはレマグが追いつききれず、クリネの快勝で幕を閉じた。




『残念、あなたの負けです。勝者:kurine3189 年間ランキングの推移は……』


「くっ……」


 機体のリザルト結果 画面が、悲壮な曲と共に敗北したことを、これでもかとレマグに伝えてくる。


 どうやら、5秒以上の差をつけられていたようだ。レースゲームとしては、接戦などとは程遠い結果と言えた。


 悔しいというよりも、疑問符がレマグの頭を占領していた。


「クリネ、いつの間にそんな技術を身につけたんだよ?」


 レマグが、隣に座る勝者に問う。



 絶対にあれは、才能などではない。


 練習によってでしか身につけられることの出来ない、境地。


 誰でも辿たどり着くことのできる、されど誰もが挫折する程の険しさをはらんだ道。


 そう、レマグの中に眠るゲーム魂が告げていた。


 果たして、クリネの回答は。





 さっきまでの勝者の風格はどこへやら。急に表情をほころばせ、何を思い出したのか、嬉しそうに笑うクリネ。


 レマグはその回答を聞いた時、すぐさま反応することが出来なかった。


 ゲーマーにとって、最も大事とも言える反射神経が鈍るほど、打ちのめされていたからだ。


 そして、あらん限りの大声で叫ぶ。


「またかよぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっっっつ!!!!!」


 こうして、レースゲームはデータ上ではクリネ、レマグの記憶のなかではルクの勝利、ということと相成った。








 ______________________









 ユオラエジュの身柄は既に、治維連の奴らが持っていてしまっていた。ルクが降り立った周囲には、既に規制線が貼られている。


 来るのは遅いくせに、そういう時ばかりは早いというお決まりの展開だった。


 けれども、今後も付き合う可能性が大いにあるので口には出さないでおく。


 彼らはまたプライドだけは高いのも特徴だった。今までにそれがとして機能したことは一度もないはずだが。


 そのせいかも分からないが、ルクは重要参考人であるはずなのに、身柄拘束もされなかった。ハンターは信用できない、と言わんばかりだ。


 野次馬と同じように、早くここから出るように忠告されただけだ。


「しかし、どうしたものですかね……」


 今のルクには、そんなことよりも気になることがあった。


 思い出されるのは、やはり先程の戦いのこと。ユオラエジュの擬似魔導線マナムで耐えきったこと。


 なぜ、自分はマナを吸収したのか。もしかしたら、吸収という考え方自体が間違っている可能性もある。




 道の真ん中でいつまでも突っ立っている訳には行かないので、取り敢えず狩猟協会ハンターズギルドに入る。


 昼の稼ぎ時ということもあり、中は大変空いていた。酒をみ交わす声や、噂話も全く聞こえてこない。


(この話は、誰でも簡単に話していいものでは無い。例え、それがクリネさんであっても。彼女を危険にさらす訳には行かない……)


 そういった思いから、まず足を運んだのは執務室。ルクはアルフレッドギルドマスターに話すことを決めた。


「……失礼します」


 扉を軽くノックする。中から入室を促す声が返ってきたので、静かに入る。


「おお、なんだ。ルクだったのか」


「あらまぁ、ルクさんでらしたのね」


 執務室にはアルフレッドの他に、彼の補佐のナシエノもいた。二人ともルクの入室に同じ反応をする。


「すみません、ナシエノさん。


 開口一番、そう言った。失礼極まりないことなのは、重々承知の上だ。


 ルクのまとただならぬ雰囲気にナシエノは目を細める。


「なら、私はここいるわ」


「え?」


 言っている意味が分からなかった。いや、正確にはその意図が。


「どうせ、多くの人には話せないような事情なんでしょ?それなら、ギルドメンバー全員を子供のように見てきた、この私が見逃すと思って?」


 いつもより、三倍増しでいかめしい顔つきだった。アルフレッドに向けるものともまた違った、間違いを犯した子供を叱るような顔。


「……分かりました。お二人にはお話します。くれぐれもご内密に」


「うむ、了承した」


「もちろんよ」


 二人の言質げんちがとれたのを確認したので、ルクは席に座りつつ、話し始める。



 ギルドでユオラエジュに出会ったこと。その後の戦いで、辛くも勝利を収めたこと。クリネはレマグと共に、その場を離れていたこと。


 洗いざらい、全て話した。記憶力には自信のある方なので、出来る限り細部まで話すようにした。


 



 二人は話を聴き終わった後、熟考しているようだった。アルフレッドのみならず、ナシエノまで顎に手を当て、何かを思案している。


 先に口を開いたのは、アルフレッドだった。


「話の概要は理解出来た。しかし、気になる所が多すぎて、どこから注目すべきか迷うな」


 きっぱりとそう言った。やはりここは歴戦のギルドマスターらしい、落ち着いた判断を下す。


「そうね。ギルドマスターの言う通り、私も聞きたいところがたくさんあるわ。でも、何より……ね?」


 ナシエノはアルフレッドに同意しつつ、途中で言葉を切る。視線の先は、隣に座るギルドマスター。


 ナシエノの期待に応えるように、口を開く。




「何より、貴様の体についてだろう」




 これについては、ルクも同感だった。敵がどうこうよりも、まず味方の戦力に謎が生まれたのだ。


 このままでは、勝てる戦いも勝てなくなるかもしれない。


 少なくとも、この場にいる三人はそう結論づけた。


「仕方がない。に話を回すか……」


「えっ、のとこ?彼女が受けてくれるとは、思えないんだけど」


 聞きなれない人の名前が飛び出す。


 いつの間にか、ナシエノからはアルフレッドに対する敬語が消えていたが、それはこの際どうでも良かった。


「えっと……そのヘラエサーさんって……」


「ああ、すまないすまない。彼女のことはまだ知らないんだったな」


「すっかり忘れてたわ」


 二人がルクの当然の疑問に対し、反応を示す。


 危うく、自分の知らないところで事が決まる所だったので、ルクは安堵する。


「ヘラエサーは、ギルドマスターの言葉を借りるなら、研究バカよ。初等学校に入るはずの年齢から、大学に飛び級で受かる頭脳を持っていた。それなのに、研究室にずっと閉じこもったまま、出てこないド変態よ」


 酷い言われようだった。しかし、かなりのぶっ飛んだ人であることは間違いない。


 ベセノムの研究力の高さは、大学の難易度に裏打ちされていると言っても過言ではない。


 あまりの難しさに、例年多くの受験生の保護者が、大学に問い合わせを入れる程だ。


 それでも母数が多いので、募集定員を割ることは今までどの大学でも無かったという。


「さらに彼女の大学は、ティスリフ国立学院大学だ」


 。世界中から様々な研究が持ち込まれ、数多あまたの教授が訪ねてくる。


 魔導研究では、国どころか世界と比べてもその最先端を走っていた。高度な設備などは言うまでもないが、研究者のレベルが高いことで広く知られていた。


「しかも、彼女は魔導学の教授よ」


 これ以上の驚きがあるだろうか。魔導部門では世界トップと言える大学のその分野での教授。


 これより頼りある人材など、他にいるとは思えなかった。


「でもな……」


 アルフレッドにしては珍しく、口篭くちごもる。


「性格に難あり、ということですか?」


 ルクは、先読みして質問する。


「そんなレベルじゃないわ。彼女は好き嫌いが激しいの。興味の湧かないことには、目もくれない。だから、彼女の所属する研究室はいつも資金不足。今までに辞めた研究員は、数しれずといったところかしら」


「あの大学の中ですら、異端者いたんしゃ扱いされていると言えば分かるか?」


 ルクは首肯する。興味のあるなしは、研究において確かに大切なことだ。


 しかし行き過ぎというのは、どんなことに関しても良い影響はもたらさないのが常だ。


 きっと興味のない研究を蹴り続けた結果、研究費を減らされたのだろう。こればかりは、辞めた研究員に同情せざるを得なかった。


「事情は何となくですが、理解しました。ですけど、自分の体について研究して頂ける方は……」


「「……間違いなく、いない」」


 二人とも、声を揃えてそう言った。


「良くも悪くも、ヘラエサーは自由人だ。もし彼女のお気に召せば、素晴らしい研究結果が得られるだろうな」


「それも間違いないわね。……分かったわ、私が彼女に掛け合ってみる。連絡は追ってする」


「ありがとうございます。それで、一つお聞きしたいことが……」


「?」


 それは、彼女の名前が出てきた辺りから気になっていたことだった。そして、ナシエノの連絡を取るという発言から、それは疑問に変わった。




「どこでお二人は、そのヘラエサーさんとはお知り合いに?」




 二人は、妙にヘラエサーの事情に詳しかった。そこの大学生ですら、知り得ないことまで知っていることが、ルクには不思議でならなかった。


「知り合いも何も、からな」


「言ってなかったかしら?私とギルドマスターは昔、平定者の集いノーマライザーというクラスタを作っていたの」


「えっ……」


 今日一番の驚きがルクを襲った。先程のヘラエサーの話など、比では無かった。







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