吸収
龍脈。この大地に古くから存在するマナ脈の1つ。地脈と共に、二大マナ脈として名を連ねている。
諸説はあるものの、そのルートがまるで龍のように見えることが名前の由来とされている。
所々に龍穴というマナが吹き出すスポットがあり、その周囲のマナ濃度が増加する。そのため、その地に元からいた魔物にも影響が及ぶ。
魔物の大半は膨大なマナに体が追いつかず死滅するが、奇跡的に生き残った魔物が全体の一割ほど出てくる。
やがてそこには人が寄り付かなくなって荒廃し、強力な魔物達で溢れかえる。それが
そんな影響を
初等学校で教えられるまでもなく、この世界に住む者ならば誰しもが本能として理解しているだろう。
ひとたまりもないのだと。
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現場は騒然としていた。
街中に突如として出現した白い光の柱。大気圏にまで届いたのかと見紛うほどに伸びたそれは、間違いなくベセノムの数ある建築物の中で最も目立っていただろう。
少し何かが焦げた臭いも辺りを漂っていた。
轟音と光に集まってきた野次馬が、今更ながらに到着した治維連と押しあっている。
中には、その珍しい光景を収めようと端末を掲げている者もいる。映画の撮影か何かだと思っているのかも知れない。
「思ったより、呆気ないな……ダムが残しておいた獲物だから、期待していたんだが」
そう誰にも聞こえない程の声で、野次馬に囲まれているユオラエジュは独りごちた。
そして、龍脈に設置された魔導陣との接続を、別の阻害魔導を発動させることで断ち切る。
するとシュン、と小さな音が申し訳程度に鳴り、光柱は消え去る。騒動も対応するかのように収まっていった。
まるで、観客を喜ばせる劇が終幕を迎えたかのようだった。
「それは、申し訳ないことをしましたね。安心してください。まだ
突然、声が響いた。光柱が作り出した砂煙の中からだ。
そしてそこには、消えているはずの、消えていなければおかしいはずのルクが
しかも、無傷。服はかなり傷んでいたが、肝心の体は全く傷ついていなかった。
先程、苦労して刻んだはずの魔導陣も消えていた。
「なん……だと。あれを無傷で受けきったなんて……」
「信じられない、そう言いたげですね」
降りるはずだったカーテンコールは止まった。まだ、終わりではないと告げる。再び観衆はざわめき出す。
復活した、という訳では無さそうだとユオラエジュは推測する。あの攻撃を受ければ、復活も何も塵一つ残るはずがないのだ。
マナというのは魔素と呼ばれる粒子からなる。光と
電磁気力を利用した磁気レンズなどで魔素を収束させることで、
ユオラエジュは収束の過程を魔導陣によって、半ば無理矢理に成功させた。
原理は水道管と同じだ。魔導陣というバルブを少し解放するだけで、マナが溢れ出る。
あとは他のビームと同様に、皮膚を容易に溶かしてくれる。
「一つお聞きしたいのですが、あなたどうやって龍脈に魔導陣なんか設置したんですか?通常ならば、有り得ませんよ?」
出口を作ったのは確かに彼だが、入口を設置したのは、他でもないあの御方だった。
ルクは鋭くそのことを指摘したが、あの御方の存在を気取られる訳にはいかない。
得意のポーカーフェイスで、平然を装い、首を横に振る。まるで、「お前なぞに言うわけが無い」とでも言うかのように。
通常、マナには「魔導陣の制御率はマナ濃度に逆比例する」という法則が働いている。
つまり、龍脈に魔導陣を作ることは理論上不可能に近いのだ。
しかも、任意な時に使えるように、常時設置をするなど机上の空論にすらならない。
それをいとも簡単に成し遂げているあの御方は、底が知れない。そう、ユオラエジュは思っていた。
同時に逆らってはいけないとも。
しかし、今はあの御方への思いを確認している場合ではない。目の前には、その超常すら無傷で乗り越えた化け物がいるのだから。
「こちらのターンというやつですね」
ルクは、少しだけ口角を吊り上げた。その数ミリの表情筋の動きによって、ユオラエジュは全身の恐怖に
全身の汗が止まらなくなるが、たまたまルクは生き残ったのだ、と自分に言い聞かせる。
その行為自体が、何よりの恐怖の証左だということに彼は気がついていたか。
いつの間にか、周囲のざわめきなどは気にならなくなっていた。
「身体改造『
爆発音。凄まじい轟音と共に、ルクの体は弾き出される。その速度は、周囲の音を完全に置き去りにした。
ニトログリセリンという物質がある。簡単に言えば火薬の一種だ。狭心症治療法としても使われるそれは、酸素と窒素で構成されている有機化合物だ。
アルコールからカルボン酸が縮合させる一連の流れを、体の中だけで行う。それを血液を介して、足の裏の細胞と安物のスニーカーを犠牲にしつつ、炸裂させる。
ルクの場合、それだけに留まらない。
黒色火薬の約7倍の爆発力をもつニトログリセリンに指向性を持たせることで、望むベクトルへのエネルギー変換効率を最大にする。
細胞の犠牲を鑑みても、『
どんな軍事大国ですら再現不可能なカタパルトが、ここに生まれる。
打ち出されたルクは足の筋力などでは叩き出せないほどの速度で、ユオラエジュに肉薄して来る。
「ぅぉぉぉおおおおおおおっっ!!!」
叫び声がドップラー効果を孕みながら、近づいてくる。
ユオラエジュは、ほとんど本能のままに腕を前に出し衝撃に備える。けれど、その程度の防御などはルクにとっては、無いに等しかった。
足を振り上げて宙返りをしつつ、顎を鋭く撃ち抜く。俗に言う、サマーソルトキックだった。
しかし、ルクは爆発による足の加速と、爪先の先端で再度爆発を起こすことで、その威力を凶悪なものへと昇華していた。
悲鳴がルクの耳朶を叩く前に、ユオラエジュは空中に打ち上げられる。
エネルギー計算によって、ぴったり横向きのエネルギーを縦に変換したルクは、すぐさま追うようにして飛び上がることが出来た。
技後硬直などが介入する余地は無かった。
高度が、ぐんぐんと伸びていく。二人の運動を邪魔するものは、空気摩擦と重力ぐらいだった。
「……身体改造『
ルクの体は、紫電に包まれていく。髪の毛は浮き上がり、その先端には
体勢を調節し、地面に背を向けるようにして仰向けになる。
そのまま、さらなる上空にいるユオラエジュに向けて、右手で銃のジェスチャーを向ける。彼はまだ、空気に押さえつけられ、体制を整えられていない。
右指先に莫大な電力が収束していく。10ギガワットでも足りない。大気での減衰を考えれば、飛ぶことすらままならないだろう。
まだ足りない、、まだ、、、まだ、、、、、、
「………………来た!派生項初項『
空気が、震えた。
極限まで無駄を排除した一撃は、少しの音も生み出さかった。
あの時の
細くも確実な殺傷能力を持ったその光は、ユオラエジュの心臓から少しズレたポイントを正確に仕留める。情報を聞き出すためにも、ここで殺す訳にはいかなかった。
「ぶっ、、はっ……」
数度空中で痙攣を起こしたあと、ユオラエジュは力なく墜落していった。
まるで、猟師に撃ち落とされた
自分は絶対に撃たれることなどないと、自信があったのだろう。そういうプライドが高いところは、本当に鷲らしいと言えた。
ルクも重力の
呆気なかった、と言えばそうなのかもしれない。けれど、自分でも原理が分かっていないうちに、相手を倒してしまったことが何よりの問題だった。
例えるなら、ルールを知らないにもかかわらず、適当に駒を動ごかしていたら、勝ってしまったような。胸のどこかに
マナを吸収した。
あの感覚は間違いなかった。全身の穴という穴から、何かが飛び込んでくる独特のそれ。気を緩めると、飲み込まれてしまいそうだった。
消されるはずだった体は、彼につけられたものを除くと今も無傷だ。
(あれは、一体………?)
自身の体の謎は、深まるばかりだった。
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レースは終盤戦に差し掛かっていた。
「行け!そこだそこだ!」
「がんばれー!」
「こりゃ、まだどっちが勝つか分からんぞ?」
周囲にはギャラリーが形成され、思い思いに言いたいことを口にしていた。
しかし、二人がそれを気にする様子はない。完全にゾーンに入っていた。
冷静にハンドルを動かすクリネと、慣れた手つきで笑みを浮かべながらギアチェンジをするレマグ。
ハンター界隈でそこそこ有名な金銀姉妹は、ここでも二人組美少女ドライバーとして名を馳せていた。
その証拠に、明らかに親衛隊らしき人の影もちらほら見受けられた。
どちらかといえば、ゲーセンのアイドルに近い存在だった。それもかなりの実力派の。
「おらよっと、見たか私の凄まじいハンドル捌き!」
石油を燃料とした
しかしそのエンジンが発する音や、様々な操作テクニックが生まれたことから、未だに根強い人気がある。
それに便乗するように作られたのが、このゲームという訳だ。
レマグは、真っ黄色のウイングの付いたスポーツカーに乗っていた。
リトラクタブルライトが、暗い夜の峠を照らしている。夜空に浮かぶ星のエフェクトまで作り込まれていた。
周囲には崖があり、落ちたらゲームオーバー必至だ。ルールは時間無制限のダウンヒル。単純に決められたポイントに先に着いた方が勝ち。
「よっ、と…」
クリネは派手なレマグとは対照的に、白と黒のツートンカラーだった。同じくリトラクタブル。独特の駆動音と共に、レマグに追従する形で走行していく。
性能的な面では、圧倒的にレマグが優勢だった。
日頃からゲーム雑誌を読み漁っているだけあり、現時点で乗ることの出来る最速車を前もって知っていた。
レマグ曰く、戦いは車が走る前から始まっているとの事。
「これで、しまいだあああああ!!!」
大声を出しながら、全力でアクセルを踏みつけるレマグ。
直線加速では、クリネは全く歯が立たなかった。ぐんぐんと差が開いていき、遂にはクリネからはレマグの姿が見えなくなってしまった。
勝負あったか、とギャラリーが諦めムードに包まれる。
しかし、クリネは冷静に状況分析に入る。
(残されたのは、この次の三連続ヘアピンカーブ……これで決めるしかない)
少し汗ばんだ手で、ハンドルを握り直す。
カーブがどんどん近づいてくる。クリネは、まだハンドルを切らない。
「おい、あれって」
「ぶつかる、ぶつかる!」
観客達がざわめき出すが、やはりまだ曲がらない。
(回転数をなるべく落とさないように…………ここだ!)
急にステアリングを切るクリネ。一度アクセルを抜き、荷重を前へと移動させる。そして、すぐにもう一度アクセルを強く踏む!
すると、直線しようとしている後輪に力が加わり、スライドが発生する。
この
「「「これは、まさか慣性ドリフトっ!」」」
道路から
ステアリングを進行方向とは逆に切ることでスライドを調整する「カウンターステア」すらしない。
しかし、ここはやはりゲーム。綺麗に地面を滑走したツートンはスピードを保ったまま、一つ目の角をクリアする。
歓喜の声が上がり、場は再び盛り上がりを見せた。
二つ目も同様にクリアしたクリネは、ようやく前方のレマグをその視覚内に捉えた。
回転数を保つとこを優先したクリネの方が若干加速は早いものの、距離が離れていることには変わりはなかった。
「このまま、逃げ切ってやるぞ!」
レマグが自分自身を鼓舞するような声を上げる。
この峠の最終カーブは、ほとんど180度に近いものだった。減速は、誰であろうと免れないだろう。
少なくとも、観客とレマグはそう思っていた。
「えっ……?」
レマグの口から素っ頓狂な声が出る。自分の隣を横切ったものが信じられなかったからだ。
横切ったのは、クリネの車。
抜かされること自体は、レマグがブレーキをかけたのだから、不思議ではない。さすがに、この二つの車にそこまでの性能差はない。
問題なのは、ここがカーブ直前であるということだった。先程クリネが「魅せた」時より、躊躇なく突っ込んでいく。
アクセルがイカれたとしか、思えなかった。
「おい、クリネ!そのままだと、ぶつかるぞ!」
思わず、敵であるはずのクリネに声を掛けてしまう。
けれども、
「まあ、見ててよ」
クリネは微笑するだけだった。
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