過去

 この話は、クリネの過去回想のシーンです。とある方にこの部分が長すぎて物語への没入がしにくいと言われたので、ここに写しました。


 ネタバレは無いので、御安心を。


 以下、本文。





 ハンターになったきっかけは、ひとつにがあったことかもしれないとクリネは思っていた。


 それは、クリネが十歳の誕生日を迎えた日だった。叔母とともに誕生日のお祝いを買いに行くことになった。


「クリネ、今日は好きな物一個だけ買ってあげる」


「ほんと?やったぁ!」


 叔母に連れられて行った地元の市場は、とてもよく賑わっていた。


 クリネの地元は田舎で、最新の技術がしこたま詰められた電子機器などは無かったが、その代わりにとれたての野菜や近くの湖で取れた魚などを売る店が軒を連ねていた。


 クリネはそんな長閑のどかな空気が流れるこの地元が好きだった。


 叔母と手を繋ぎながら、人混みの中を練り歩く。やっと人が少ない所に出ると、目の前に一つの屋台があった。


 そこは、武器屋だった。


 最近は魔物の発生数が増加してきており、特に防護が手薄な田舎で被害の出るケースが目立ってきていた。


 それを背景として、ハンター達が現地で武器調達すると見込んだ行商人が屋台を開くのはこの世界ではよくあることだった。


 勿論、幼いクリネにはそんなこと知る由もなく、叔母が台所で使っている刃物らしきものが売っているというようにしか感じなかった。


 ある商品に目が留まる。


 それは単なる模擬剣もぎけんだった。細い刀身が特徴の細剣レイピアの形をした木製の剣。通常、訓練用や素振り用にしか使われない。


 それは、無駄に凝って作られていた。


 刀身にはキメ細やかな装飾が彫られ、つばも振るのに邪魔にならない程度に、意匠が凝らしてあった。


 何故か、目が離せられなかった。


 すると、じっと模擬剣を見つける少女に気がついたのか、店員さんが


「嬢ちゃん、これに興味があるのか? 握るか?」


 と声を掛けてきた。そしてクリネが返事をしようとすると、


「あなた、何を言ってるんですか。うちの子には、そんな野蛮で物騒な物を触らせたくありません。クリネも何を言っているの。これは、危ないものなのよ」


 叔母に止められてしまう。しかし、ここでクリネは食い下がった。


「お願い。一回だけ、一回だけ」


「駄目です」


 そんな問答を繰り返すこと数十回。先に折れたのは、


「はぁ、そんなに言うなら良いわよ。勝手になさい」


 叔母だった。


 剣を触るのを許したと言うよりかは、食い下がるクリネが面倒臭いと感じたように見えた。


「はい、どうぞ」


 自分の身長より少し小さめの剣に触れる。


「あっ……」


 声が漏れた。剣を触れたのはこれが始めてなのに、


 クリネがそれを疑問に思っていると、


「ほら、いつまでそうやってるつもりなの。早く行くわよ」


 叔母はとっくに剣などには興味を無くしており、また人混みの中へ飛び込もうとしていた。


 叔母が先程よりも機嫌の悪くなったのを感じ、クリネは慌てて剣を離し、その場を立ち去ろうとする。


 すると、


「嬢ちゃん、これあげるよ」


「え、でも、私お金持ってないです」


「いいんだよ。ほら、今包んであげたから、持っていきな。あの人にバレないようにね」


「ありがとうございます、おじさん!」


 店員さんの粋な心遣いに顔を綻ばせるクリネ。礼を言って、叔母の元へ走り去って行った。


 未だにクリネは、その模擬剣を大切に保存している。





「おじさんか……俺まだ三十路みそじなんだけどな……」


 おじさんもとい、お兄さんの寂しい独り言は喧騒に掻き消され、クリネの耳には届かなかったということも付け足しておく。




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