触発
「クリネという少女に、心当たりは?」
「残念ながら」
何故ここで、彼女の名前が出てくるのだろう。
何とはなしに、クリネを関わらせてはいけない気がした。
「ふーん、しらばっくれるんだ。なら、いいよ。力ずくで聞き出すだけさね」
「やはり、こうなりますか……」
この狂人と対峙した時点で、暴力沙汰になることは避けられないと思った。
何らかの理由で機嫌を損ね、油断すればあの不幸な会社員のようになってしまうのだろう。
「安心して。すぐに終わらせるから」
彼我の距離は、数十メートルほどあったはずだ。
「っ!?」
地を蹴る音がしたのと、ルクの強化された目がダムの姿を捉えたのが、同時だった。そもそもあの革靴で、どうやって飛ぶのだろう。
ダムの拳が唸りを上げて、ルクに迫る。金の装飾品の数々が、今は凶器に見えてならない。
衝突。
衝撃。
右の腕。
「重、いっ」
重さだけなら、あのガランドを凌駕している。ただ量だけをぶつけられている感じがする。
受けきれないと判断したルクは右足を浮かせ、片足立ちになる。そのまま圧倒的膂力が、ルクに押し掛かる。
ギャリギャリギャリッッッ!!!
左足を軸として、直線的なエネルギーが回転へと昇華される!
その遠心力を持った右の踵は、獰猛な獣のようにダムの顎を狙う。
力をいなすのではなく、利用する。
超人同士だからこその戦術だった。ルクも軸の左足を強化しなければ、吹き飛ばされるほどだった。
逆襲。
しかし、
「な」
「うーん、少し痒いかな?」
全く効いていなかった。踵を受けた顎は、微動だにしない。
「ほーいと」
「っ、しまった?!」
それに気を取られ、ダムに足を掴まれる。握力もまた強力で、解けない。
今度はダムが半回転しながら、後ろへとルクを投げる。余りの威力に暴風が吹き荒れる。
「うあああああああああああああああああぁぁぁっっっ!」
ルクは、あたかもカタパルト射出のように飛ばされた。街路樹を突き抜け、暗がりの空へ放り出される。
常人ならば、その風圧だけで脱臼しても可笑しくないほどだった。
「な、んて力だ……」
空中に飛ばされながら、ルクは呟く。
硬いはずの顔面が陥没するのも頷ける。本気を出せば、大気圏を越えられるのでは無いのだろうか。
「おーい、余所見は良くないぞ☆」
「っ」
既に、ダムが肉薄してきていた。
純粋なジャンプでここまで来るとは、脅威以外のなにものでもない。
「よいっしょ」
女性が机を移動させるときのような声で、クレーン車のような攻撃を繰り出してくる。
アッパーカット。上空に投げ飛ばされ無防備なルクには最適の一撃だ。
鳩尾に直撃する。
「ぐっっ!、、、はぁっ!!!」
ルクは、声を出すのもやっとのようだった。それを見て、ダムはニヤリとする。
「そろそろ、吐く気になったー?あ、二つの意味でね。アハハハハハハハ!」
ニヤニヤしながら、嫌らしくダムは質問をする。言外に楽になれると言っているようなものだった。
「ま、まだですよ。こんなものです、か、
ルクは無理矢理口角を吊り上げ、余裕を演じる。しかし口元は、不自然な歪みしか生むことができなかった。
「アハハハ、意外としぶといなぁ。けどぉ、そんな今にも消えそうな声で言われても、説得力ないんだよねぇ。アハハハハハハハハハハハ!」
狂笑は止まらない。それどころか、さらに笑いは壮絶になっていく。
「じゃあ、もっと遊んでも大丈夫みたいだね。アハ、アハハハハハ!やっぱり、
恐れていた悪魔の連撃が、開始される。
その一つ一つは、岩をも容易く貫く攻撃力の高さと、その全てが鳩尾に入るという正確さを兼ね備えていた。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!」
笑い声が増えるにつれ、指数関数的に連撃が多くなる。それが幾重にも連なって殺人兵器と化す。
「ご……ふっ」
吐血。肺が何かがやられたのだろう。具体的な損傷箇所が分からなくなるほど、彼は傷つけられていた。
その上に、傷が
ルクの腹は内出血によって青く染まり、大変痛々しい。元の綺麗な肌の色はなくなり、元からそういう肌だったのかと錯覚するほどだった。
何度も言うようだが、こんな攻撃を常人が受けたら、気絶どころか死に至る。
ルクの超自然治癒能力を持ってしても、このざまなのである。
ここから反撃に転じるなど、不可能に思えた。増してや、
それこそ、拳が砲弾のようなものだから、貫通しないだけ奇跡的とすら言えるのが事実だ。
「まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだああああああああぁぁぁああああぁあああああぁあああああああああああああああああぁぁぁー!!!!!!!!!」
狂人の狂気は、
「…………っ」
ルクの意識が段々と遠のき始め、瞼が降りてくる。衝撃に体を震わせながらも、その目にもう反抗の意思はなかった。
地獄の連撃は続きに続いた。それはもう、真の意味で気の遠くなるほど。
そして、
「おや、少しやりすぎたかな?おーい、生きてるかぁーい?」
ダムは連撃を止め、生死を問うにしては些か軽すぎる口調で尋ねる。
その目には先程のまでの狂気はなく、無邪気な子どものようだった。
その切り替えの早さも狂人の狂人たる所以なのかもしれないが。
一方ルクは何故か重力に逆らいながら、フワフワと頼りなく項垂れたままの姿勢で、空中に浮いている。
それでも、口が微かに動き、そこから呻くかのように声を捻り出す。
「………ま……ま………まだ、で……す………」
「アハハハハハハハハハ!ここまで来るともうもうもう面白くて堪んないや!こんなにも幸せになれる『愉悦』の感情を捨てたセニーパの気が知れないね!」
「い、今なんと?」
飛びかけた意識は、その一言によってギリギリの所で踏みとどまった。
(他の仲間の情報か………!)
「おおっと、いけねいけね。口が滑った。ともかく、喋る気は無いみたいだね。仕方ない、今日はここら辺でお暇させてもらうこととしよう」
ルクの怪訝な視線で気がついたのだろうか、ダムはそれ以上のことは言わずに去ろうとする。
「ま、て………」
「じゃあねぇー」
ルクの静止などダムが聞くはずもなく、彼(もしくは彼女)は彼方へと飛んでいてしまった。
今度は、どう加速したのかがルクにも分からなかった。
まず何よりも、完全な敗北と言えた。まともな反撃すら出来ずに終わった。
唯一評価できるのは、クリネのことを話さなかったことだろう。
狂人が去ると、不思議なことにルクの体は浮力を失い、地へと落下する。
しかし抵抗する気力も体力も無く、そのままの姿勢で暗く冷たいコンクリート製の道路へと叩きつけられる。
________今度こそ、彼の意識は手放された。
と、そこに一人の人物が近づく。
「ん、誰が居る?……………え、あれって、えええっ!!??ル、ルクさん!?どうしたんですか、ルクさん!目を覚まして下さいよ!ルクさん、ルクさん、ルクさああああああぁん!」
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