交渉
クリネが起こした行動は、簡単だった。
「ラムレットさん、ルクさんの情報公開を求めます!」
「ええええっ!?」
普段の彼女からすれば、考えられないほどの剣幕であった。
額に汗が浮かび上がり、その玉のような肌にはほんのり朱が指していた。
「む、むむ無理ですよぉー!プライバシーの保護ってものがありましてですね……」
「そこを!何とか!」
「そ、そう言われましてもね……」
「絶対バラしませんので!」
食い下がるクリネ。どうしたものかと、ラムレットも頭を悩ませる。既知の仲であるので、無下に断ることも出来ない。
「じゃあ、一応
これでも、ラムレットはかなり譲っている自覚があった。知りたい相手の個人情報を教えろというのだから、言ってることはナンパ野郎と変わらない。
「お願いします!」
「でも、無理だと思いますよー。なにせ、ギルド約款に抵触しますからね」
「それでもです」
クリネは、自信のある表情を崩さない。
それもそのはず、彼女にはある秘策があったのだ。必ず、教えて貰える確信があった。
数分後、
「クリネさん、ギルドマスターがお呼びです。でも、特別ですよ?あの人は忙しいんですから。一応」
「はい!ありがとうございます」
クリネはニヤつきが抑えられなかった。ここまで来れば、あとは実行するのみだ。
(やっと、ルクさんに会える♪)
皮算用だと分かっていたが、その光景を想像せざるを得なかった。
それぐらい彼女にとって、ルクは大切な存在だった。問題は、彼女がその自覚がないことだが。
ギルドの奥へと足を運び、上質な檜扉をノックする。リノリウムの床と高解像度液晶で出来た壁の中では、浮いて見えるのが残念である。
「どうぞ」
部屋の中から、声がする。聞き間違えようのない低い声だった。今どき珍しいドアノブを捻りながら、入る。
「失礼します。情報開示の件でお話をしに」
「ああ、聞いているぞ。まぁ、そこに掛けてくれ」
相手がクリネだと分かると、厳しい顔つきからプライベートな柔らかい表情になる。彼は親しい者に対しては、常体で話すのだ。
最近は、ルクにも敬語を使っていない。
「結論から言うと、無理だ」
「ですよね……」
これは、予想していたことだった。当たり前だ。これが罷り通っているのなら、自分の情報も漏洩の危険が出てきてしまう。
「実は、会って欲しい人物が……」
「ん、まままままさか
急に、わなわなと震え出すアルフレッド。記憶が蘇ったのか、前に踏まれていた所をさすっている。
「違いますよ?」
「ぎゃああああっ!」
答えたのは、ナシエノ本人だった。相変わらず、どう入ってきたのかは不明だ。
エルフ特有の耳を持った美女。
一言で表すならば、スーツが似合うクールビューティー、といったところか。
「ささ、私がいないと思ってお続け下さい」
「いや、普通に席外せよ」
「ダメですか……仕方ない。じゃあ、ここに盗聴器置いときますね」
「差し入れのように、置いていくな。はい、それ持ってとっとと立ち去れ!」
「はーい」
すごすごと、退出していくキツい上司系エルフ。
(ひょっとして、一番偉いのってナシエノさんなんじゃ……)
クリネは心の中でそう思いつつ、言わないでおくことにした。
「あいつは、何しでかすか分からんからな。やっと、本題に戻れるな。それで、合わせてたい人とは?」
「入ってきて下さい」
クリネが振り向きざまに、扉へ声をかけると、
「了解でーす」
軽い返事が返ってきた。
「この声は…まさか……」
「そのまさかだよ。爺ちゃん」
「おおっ、レマグか!久しぶりだな」
扉を開けて入ってきたのは、ギルマスの孫娘で、クリネの唯一無二の親友だった。
「でも、なぜお前が来るのだ?」
「ふふふ。爺ちゃん、分かってないなー。交換条件だよ、交換条件」
「というと?」
アルフレッドは、首を傾げる。まだ、自分の置かれている状況を理解していない。
彼女が出てきた時点で詰みだというのに。
レマグは内心ほくそ笑みながら、
「もし、クリネの願いを叶えてくれたら、デート幾らでも行ってあげるよ」
「な、なにぃ!」
目に見えて、表情の変わるアルフレッド。いつの間にか、孫娘はクリネの横に座り足を組んで、勝ち誇った顔になっている。
(ベルルカちゃん襲撃事件で、ギルドマスターがレマグに弱いことは、分かってました……!)
__本当はダメなのですが……えっと、あの、ベルルカ様と孫の歳が近いものでして……
彼は、孫や孫に歳が近い者のためなら、規定違反の行動すら厭わないことが判明している。
「もし、叶えてくれなかったら……」
「ゴクリ……」
「ナシエノさんに、ベルルカちゃんの依頼のこと、言っちゃおうかなぁー」
「げ、お前それどこで聞いたんだ」
規定違反を犯していること自体も、交渉材料の一つだった。あのエルフにことがバレれば、歴戦のハンターとて一撃だろう。
効果は覿面だった。
「よし、断る理由が無くなったな。いや、正確には断れなくなったな。もうこの際規約だの約款など、どうでもいい」
最後の方は涙目になりつつ、アルフレッドは言った。
「これにて、無事交渉成立だな、クリネ!」
「そうですね!」
そんなギルマスとは対照的に、女性ハンター二人の笑顔は、応接間で燦々と輝くのであった。
そこに、一人の部外者が耳をそばだてている曲者がいるなどとは、誰も思わなかった。
部屋の外から扉に耳をつけ、声を拾う。
(ふむふむ。あの
エルフ特有の耳は、聴覚が大変優れていたのであった。
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