聞込
現場に着いたのは、既に太陽が沈みかけている頃だった。
「ここ、か」
想像していたより、寂れたところだった。
繁華街の裏通りというぐらいだから、もっとスナックなどが立ち並び、ネオンの光るところを想像していた。
しかしいざ足を運んでみると、店はあるものの、少し奥に行けばすぐ住宅地になっていて、煌びやかとは程遠かった。
(まあ、今は規制線のせいで、ある意味目立っているんですけどね)
治維連のものと思われる規制線が、通りのあらゆる入口に張られていた。警戒色の規制線には、太い黒文字で
これは、ニュースになるのも時間の問題だと思われた。
捜査が進み、ある程度統制されたもしくは改竄された情報が、
この世界の基本的な姿であり、おぞましい点でもあった。
「おっと、君。ここからは立入禁止だよ。見たい気持ちは分かるけどね…家に帰った方がいい」
規制線の中から出てきた中年の小太りな男性が、ルクを止める。彼は恐らく治維連の者で、ルクのことを事件に興味がある学生とでも思ったのだろう。
制服を着ている訳では無いが、今は放課後の時間帯なので、勘違いされるのも当然であった。
「あ、すいません。ちょっと寄ってみようかなと思っただけです。すぐに帰ります」
ルクはぺこりと頭を下げ、素直に引き返すことにした。
頭の中では、事件現場の景色を反芻しながら。
ルクの得意技の一つに、『記憶』がある。一度見たものを正確かつ長期的に覚えることが出来るのだ。
(死体の倒れ方からして、話の通り正面から一発食らっていますね。血痕が引き摺られたかのように引き伸ばされていることから、多分吹き飛ばされたあと、地面を擦りながら止まったと考えていいでしょう。やはり、常人じゃありえない……)
ルクは現場を見て、ますます自分と同じ毛色の『異常さ』を感じ取っていた。
事件を起こした彼(あるいは彼女)に話を聞けば、何かわかるかもしれない。
(そのためにも、まずは聞き込みですね)
地道な努力が大きな成果に繋がることを、駆け出しでありながら、上級になったハンターは知っていた。
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「つまるところ、このエルンストは今までに無い……ってまた話しすぎちまったな」
「えっ、いやそんなことないよっ」
取り繕うようにクリネは笑うが、出てくるのは乾いた笑みばかりだった。話半分だったなんて口が裂けても言えないだろう。
「いいよ。分かってるさ、クリネが聞いてないことぐらい。それに、それぐらい大切なんだろ、そのルクって野郎のことが?」
内容はがさつに見えるが、とても口調は穏やかだった。全てわかった上で、そうしてるとばかりに。
「いけねぇな、つい自分のこととなると話しすぎちまう。私の悪い癖だ」
そう言うと、レマグはニカッと歯を見せて笑った。
「そんな………ううん、その前にありがとう、だね」
クリネは謝罪をくちにしたあと、謝るだけでは失礼だと思い、感謝の意を表する。
「かぁっー、やっぱ、こーゆーとこだよな!そりゃ、落ちるわ」
「なんのこと?」
「しかも、本人は無自覚ときた!」
先程ならレマグのテンションが妙に高い。コーラに
レマグは一気に酒を呷ると、ドンと大きな音を立てて、テーブルにグラスを叩きつけた。
「クリネ、あんた。大切にしなさいよ?そのルクとかいうやつを」
「う、うん」
恐らく、彼女はレマグの言わんとするところを理解していないだろう。そう思ったレマグは、溜息を心の中でついた。
(クリネの奥手っぶりは昔からだからね……どうしたもんかな……)
と、まるで母親のようにクリネのことを案ずるレマグであった。
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聞き込み調査によって、いくつか判明したことがあった。近くの民家や、飲食店(深夜営業)などからしか、話を聞けなかったので思ったより量は少なかった。さらに、質が担保されている訳でもない。
「この裏通りはね、人通りが少ないんだよ。ここに住んでる人や、店の常連さんとかは別だがね。普通の人は来ない来ない」
「あの事件のことかい?あー、夫がその時間帯に事件現場を通ったみたいなんだけど、なんかそこから出てくる人をみたらしいよ。え、格好?残念だけど、暗くてよく見えなかったって言ってたわね」
「ぼくねー、(民家の方を指さしながら)あっちに住んでるんだけどねー。(事件現場を指さしながら)こっちからね、寝てる時に声がきこえたの。だれかが笑ってるかんじだった!」
年齢、性別関係なく聞き込みをし、今までの情報と統合してみる。
昨日の明け方、もしくは一昨日の深夜頃、アムナ区第一繁華街裏通り五丁目にて、彼(もしくは彼女)が若者を襲った。動機は不明。人通りが少なく、伴って目撃者もほとんどいない。
(状況はあまり芳しくない、か………)
まだ犯人を特定するのには、情報が足りなさ過ぎる。しかし、ここで焦っても早計だろう。
「どうしたものですかねぇ」
ルクは市街地を歩きながら、呟く。自宅へと帰る途中のことだった。日は落ち、まさにあの事件の犯行時刻付近のことだろう。
人も疎らで、居酒屋やスナックなどの店が街路を明るく照らす。少し肌寒い風が吹く夜であった。
すると、
「さて、本当にどうしたものかねぇ、アハハハハハハ」
「!?」
背後から笑い声がする。妙なのは、その存在を全く気づけなかったことだ。
下は手入れの施された年代物のスーツ。かなり上質なようで、タックもしっかりとついており、素材も高級シルクが使われているのが分かった。
しかし、上だけ切り取ってみれば怪しい風貌の者と言えるだろう。ありとあらゆる装飾品が金製で、派手な柄のアロハシャツがそのいかがわしさをさらに押し上げていた。
「あー、そんなに警戒しないでくれよ。別に君を取って食おうって訳じゃないんだ」
「では、一体あなたは何者で何が目的なんです?」
「今、君怒ってる?」
ルクの話など、まるで聞いていないかのようだった。噛み合っていないと言うべきか。
「怒っていると言ったら?」
「うーん、そうだねー。分かりやすく言えば……」
そこで一旦彼(もしくは彼女)は言葉を切り、急に声の圧を増して言う。
「消す」
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