友達
「はぁ、ルクさんどこへ行っちゃったんでしょうか……」
クリネは、ギルドの酒場で溜息をついていた。
あの洗礼という名の恒例行事が終わったあと、ルクに会いたくて急いで観客席から降り、彼の元へ向かった。
すると、
「すみません、クリネさん。今から、エイコスさんから飲みに誘われちゃいましてね……」
ルクにしては珍しく、バツの悪そうな顔をしていた。引き止める訳にも行かず、若干愛想笑いながらも、彼を見送った。
その後、少し経ってから酒場へと赴こうと考えていた。
しかし酒場へ行ってみると、ベロベロに酔ってカウンターに突っ伏している
エイコスはいくら揺さぶっても起きる気配がなく、酒場のマスターも困り果てていた。なんでも、ルクに勧められた新酒を飲みまくったのだと言う。
「若い男性の方が、全て奢ると言っていましたからね。調子に乗ってしまったのでしょう」
とはマスター談だ。
ともあれ、ルクが消えてしまったのに変わりはない。
(……また依頼を受けているのかもしれません。もう少し、待ってみましょう)
クリネは、酒場の席に着いた。ただし、酒臭いエイコスからはちょっと距離を置いて。
「マスター、シャーリーテンプルを」
「かしこまりました」
クリネは、ノンアルの代表格と言えるカクテルを注文した。
レモン、ライムなどの柑橘類にソーダを入れたものをベースとし、更に
ものによっては、ソーダの代わりにジンジャーエールやコーラを使うらしい。
ノンアルな上に、とても飲みやすいドリンクなので、クリネは気に入っていた。
(でも、待つっていってもどれぐらいかかるのかな…)
正直、ルクが帰ってくるかも分からないのが現状だ。
「どうしよーかなー」
そんな風にクリネが思案していると、
「どうした、そんなシケた面しちゃって」
クリネが振り向くと、そこにはこれまた美少女がいた。
なんと言っても、最も目を引くのは
レマグ=ロクラタイナ。何を隠そう、スサム区ギルドマスター、アルフレッド=ロクラタイナの孫娘である。
また、彼女の扱う武器が特殊であることも、知名度を押し上げる要因の一つだった。今は完全に仕舞われ、周囲からは見えないようになっているが。
ギルド内では、クリネと二人合わせて「金銀姉妹」というあだ名が広まっていた。
「あ、レマグ。いや、ルクさんを待ってるんだけど、いつ帰ってくるか分からなくてね…」
レマグはクリネの隣に座り、コーラを注文する。
「またそいつの話かよ。まだ私は会ったことないけど、クリネがそんなに気にするほどの相手なのかい?」
「え、いや、ううんと――――」
言葉に詰まってしまう。
考えてみれば、確かに自分がルクに気を掛ける理由はない。ただ彼が落下(?)してこの世界に来た時に、このベセノムまで連れてきただけなのだから。
一方、ルクがいることで何も変わらないわけではなかった。
「隣にいると安心するというか、なんというか」
「へぇー、そりゃいいね。羨ましいわー」
「そ、そう?」
レマグはニヤニヤしながら、こちらを見ている。何かを考えているのだろうか。
「それよりさ、あの新世代ハード買った?」
レマグは、話題を自分の趣味に変更した。彼女は重度のゲーマーで、黎明期から現代まで、ありとあらゆるゲームをやり尽くしていた。
彼女の言う新世代ハードとは、最近発売された最新フルVRハード「エルンスト」のことだろう。
常識を覆す「時計型」のハードで、ゲーマー界隈では発売開始から、そう日が経っていないにも関わらず絶大な人気を誇っていた。
彼女の左腕にも光るものがあった。
「こいつは、普通の時計の役割もしてくれるのよ。それで、盤の裏側から特殊な針を出して神経に突き刺すのことで、電脳空間に………」
「まぁ、一種のツボみたいなもんだな。これが脳に影響を及ぼし、導入から覚醒までをスムーズかつ速やかに……」
「しかも、同時発売されたソフトウェアがまた凄いんだよ!普通、ソフトがハードに負けちゃって、どっちも人気が出ないってオチなんだけど、今回は………」
申し訳ないことだが、彼女の話など微塵も入ってこなかった。
(ほんとに、何処行っちゃったのかなぁ……)
_______________________
ルクは、街中を駆けていた。目指すところはただ一つ。あの残虐な殺人事件が起こった場所だ。
酒場から飛び出した時に、エイコスに場所を聞くのを忘れていたことを思い出した。
折角、抜け出せたのに戻る訳にも行かず、どうしようか迷っていたところだった。
「おい、聞いたか?最近この近くのアムナ区の第一繁華街で、事件が起きたってよ」
「ああ、聞いたよ。噂によると裏通り五丁目で起きたとか」
「そうらしいな、なんでも頭を鈍器で一発らしい」
「怖いわねぇ、物騒な世の中になったもんだよ」
「その通りだ。魔導とかいう得体の知れないやつも、俺は嫌いだよ」
市井の噂だった。信憑性は低いものの、今、一番手っ取り早い情報源だろう。
ルクは、頭の中に完全暗記した地図を思い浮かべ、まるで土地勘があるように、スイスイと目的地への最短ルートを走っていく。
ここでいう目的地とは、アムナ区第一繁華街裏通り五丁目だ。噂を鵜呑みしているようだが、もちろん周囲も当たるつもりだった。
火のないところに煙は立たない。いくら噂とはいえ、馬鹿にはできなかった。
さらに、ここまで急ぐのにはとある理由があった。
(聞いた話の威力が本当なら、あれは普通の人じゃない。まるで自分ようだ。もしかしたら、自分と同じ『身体改造』の使い手かもしれない。自分について何か分かるかもしれない!)
ルクがこの地上にわざわざ降りてきたのには、これがひとつあった。
『身体改造』。言葉にすればとても分かりやすいが、実際は複雑怪奇。使っている本人にすら、その正体が分からない。
あの市民の言葉を借りるなら、得体がしれないとも言い換えられる。
(師匠は、いくら聞いても教えてくれなかった)
その代わり、自分の力で見つける義務がお前にはある、と毎度の如く諭されていた。
(今回の事件で、何か分かるかもしれない。そのためにも治維連の奴らに情報を隠蔽される前に早く!)
治維連は事件の概要は公表するものの、細部はプライバシー保護という建前のもと、隠蔽している。
その中に貴重な情報が眠っていないとは言いきれない。むしろ、そちらにある可能性の方が高いと考えていた。
ルクは決意を固めると、より一層蹴る力を強くし、加速した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます