狂乱
子供が寝静まり、大人たちだけが活動する夜のことだった。
平社員ロバートは、上司の愚痴を吐きながら、歓楽街を歩いていた。少しその吐息には、酒気が含まれていた。
「ったく、あのハゲ話長すぎんだよ。てか、連絡忘れたのは、俺じゃねぇつぅのに」
後輩のミスの筈なのに、自分が怒られる理由が分からなかった。
「こっちは、自分の仕事で精一杯だっての」
イライラとしながら、一人暮らしのアパートへと戻る。
その足取りは、覚束無い。俗に言う千鳥足だった。
「こんな時に彼女がいればなぁ……」
ありもしない幻想を口にするほどには、彼の心はブルーだった。
顔は、お世辞にもいいものとは言えない。そのくせ、金持ちだったりする訳でもない。
作れない理由なら、幾らでも浮かんだ。
「何もかもうまくいかないねぇよ、くそっ。あー、ムカつく!」
それほどまでに、落ち込んでいたからだろう。
普段は通らない裏路地にも関わらず、なんとなく足を踏み入れてしまったのは。
「アハ」
「?」
裏路地に設置されている電灯の下から声がする。男声にしては高すぎで、女声にしては低いと感じる中性的な声質だった。
まだ距離があるので、姿はよく見えない。
「アハハ」
「っ、誰だ?」
思わず、言葉がキツくなる。
ロバートは、今更になって、ここに入ってしまったことを後悔した。
首筋から嫌な汗が流れ出て、ワイシャツに染み込んでいく。心
「アハ、アハハ、アハハハハハハハハハハッ!」
「ひいっ、」
不気味さは、より一層増している。
そういう薬でも嗜んでいる輩なのか、異常性がひしひしと肌で感じられる。
怖い。本能的にそう思った。
「アハハ、ダメだよ、お兄さん。ムカつくなんて言っちゃ」
「……は?」
彼(または彼女)の言っていることが分からなかった。
あんな独り言のようなことの何が気に入らないのか。
そもそも、聞こえていたこと自体が不自然だ。最初から聞くつもりでもなければ。
「そんなことを言っちゃう様なおバカさんは、、、」
そう言いながら、影がこちらに近づいてくる。
かつ、かつ、という足音という革靴特有の足音が聞こえる。
聞き慣れているはずなのに、今は不安を煽る不協和音のように聞こえる。
姿が見える。電灯の頼りない光にぼぅ、と照らされ、その輪郭が夜の暗がりの中に、浮かび上がる。
異形。
その一言に尽きた。 着用者の存在そのものを体現していると言ってもいい。
下半身は、ビッチリとアイロンの掛けられた
それなのに、上半身は下半身に対抗するかのようだった。
アロハシャツに、光り輝く金のネックレス。耳と鼻には同じく金製のピアスが、腕にはそれだけ車が買えるであろう値段の腕時計が着けられていた。
「な、んなんだ。こいつは…」
「失礼な人だねぇ。仮にも、初対面だよ?礼儀ってモノを知らないの?」
言っていることは正しいのに、話者が間違っている。そんな気がした。
彼(もしくは彼女)の上下の服のように、チグハグだった。
「は、はぁっ……ち、ち、ち、ち近寄るなぁ!」
「ねぇ、つかぬ事を聞くけど……君、今まさか怒ってる?」
完全に、ロバートの言うことなど無視だった。見えていないと言った方が正しいか。
激昴しながら、彼は言葉をどうにか捻り出す。
「当たり前だろ!そんなのキレるに決まってる!」
「へぇ、じゃあ文句無いね」
「へ?」
これが、彼の人生最後の言葉となった。
_______________________
「……
「ああ。今日と昨日の境頃だったかな、1人の若者が死体で見つかったんだよ」
「どうして、そんなこと知ってるんですか?昨日の今日じゃ、ニュースにならないでしょう」
「
治安維持連盟。
公務員の1つで名前の通り、世界全体の治安を維持するための組織だ。
ご多分にもれず、汚職・殉職が絶えず、民衆からの信頼はあまり高くない。
「ほぅ。それは、どうして?」
ギルドに話が回ってくるなど、余程のことがない限り、有り得ない。
何故なら治維連はプライドが高く、自分の管轄の問題を他所に持ち込むのを酷く嫌うのだ。
すると、エイコスはルクの耳に口を近付けるようにして、
「それがなぁ、その死体、どうやらおかしな死に方をしていたらしくてよ」
「変死、ということですか?」
ルクが小声で聞き返す。
「うーん、なんというか、死因は撲殺なんだが……威力が異常なんだよな。顔が完全に陥没しててさ、ありゃ人の力じゃねぇってそいつ言ってたわ」
「何か鈍器のようなもので殴った可能性は?」
「怪我の痕跡から考えて、拳しか有り得ないってさ」
家を囲うのに使われるコンクリ製のブロックでも、充分な凶器となりうる。しかも、比較的少ない力でだ。
だが、今回はそういった凶器は使用されてないらしい。
「それで、
「ああそうだ、忘れてた。いや、最近こうゆう手の者が巷でよく現れているらしくてな。その全員が何かの感情を失ってるみたいだから、そんな名前がついたみたいだ。まあ、民衆が勝手につけただけだからな」
「分かりました。少し出掛けてきます」
ルクは、残りのエール酒をぐびっと全部飲み干すと、席を立とうとする。
「お、おい。出掛けるってどこへだよ」
ルクは、残りのエール酒をぐびっと全部飲み干すと、席を立とうとする。
「お、おい。出掛けるってどこへだよ」
「決まってるじゃないですか。その事件現場ですよ。ちょっと興味が湧いたんです。治維連には迷惑かけないんで、安心して下さい」
「お前さん、酒飲んだだろう?俺が言えることじゃないが、酔いながら仕事とは感心しねぇな」
「大丈夫です。自分は、アルコールを体内で素早く分解できるので、酔うことは無いですよ」
正確には、アルコールを分解してできる有害物質、アセドアルデヒドをさらに分解できる酵素、アルデヒド脱水素酵素の量を調節するのだが、そんなことはエイコスが知るわけもなかった。
「そ、そうなのか?で、でもそうは言ってもなぁ……」
食い下がるくすみ金髪。ここは、もう一押しする必要がありそうだった。
「そう言えば最近、あのロホクラが新作の酒を出したそうですよ。香りの強さと、独特の酸味が特徴みたいです。僕がつけときますので、存分に楽しんで下さいよ」
「マジか、お前分かってるなぁー!よし、マスターその新作、今すぐくれ!」
「はいよ」
どうやら、成功したようだ。ルクは、そそくさとギルドを後にした。
その影を、一人見つめる者がいた。
「ふぅーん、あれが噂の坊やか。たった数日で、上級になったとか。
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