訪問

「とは言ったものの、一体どんなお家なんでしょうね~」


「楽しみですね」


 ルクたちは、スサム区にある例のアルシュミット通り二丁目に来ていた。この通りは、高級住宅街として有名で、各界のVIPが住んでいるとのことらしい。


 実際に来てみると、高級なものだけが持つ独特の圧を感じた。


 立派な門扉や、一つ一つが丁寧に刈り込まれた庭園の木々、どれをとっても金がかかっているのが分かる。






 ところで、少し時間は遡るがギルドにて、


「そう言えば、詳しい依頼の内容を教えて頂けますか?」


「その事なのですが……」


 先程まで、箝口令を敷いている情報すら話してくれたのに、急に歯切れが悪くなるアルフレッド。


「どうしたんですか?言えない事情でも?」


「いえ、依頼主であるベルルカ様が直接言い渡すとのことで……」


「それってありなんですか?」


 通常、依頼内容はギルドから言い渡される。


 そうしないと、ギルドの裏で正当な依頼に見せかけた悪質な依頼が横行する可能性があるからだ。


「本当はダメなのですが……えっと、あの、ベルルカ様と孫の歳が近いものでして……」


「_______」


 それは公私混同なのでは?と思わなくもないルクだったが、ここはぐっと堪えた。







 よって、依頼の内容を、まだルクたちは知らない。分かるのは、あの事件が絡んでいることだけ。


 仕方が無いので、ルク達はイルサミ邸を訪ねることにした。そこまでの道程は、ギルマスに教えてもらっている。


 一昔前までは、「貴族」と呼ばれる身分が存在していたというが、それは新しい政府になってから解体された。


 でも、本当にやんごとなき身分の方々は、肩書きなど、どうでも良かったらしい。


 その後も、金持ちは金持ちであり続けたし、貴族は貴族であり続けた。



「こ、これが家ですか……」


 本人から聞いた過去から察するに、クリネにとってイルサミ邸は考えられない豪華さと広大さがあるようだった。


 確かに他の邸宅と比べても、群を抜いているといえるだろう。


 大理石製の門扉が、原理は不明だが自動的に開く。これには、ルクも驚きを禁じ得なかった。クリネなどは、口をあんぐりと空けていた。


 玄関口には、タキシードを着た初老の執事が既に控えていた。


「ルク様、クリネ様、お待ちしておりました。イルサミ様にお仕えしております、ガランドと申します」


 ガランドは、恭しく礼をした。


 一見ただの好々爺だが、ルクにはそのうち秘めたる力が立ち方で分かった。あれは、軍人いくさびとの立ち方だ。


 彼に案内されたのは、一階にある応接間、、、では無く二階の個室だった。


 堪らず、ルクは訊く。


「えっと、ここは?」


「ベルルカ様の個室でございます」


「え、」


「いえ、ベルルカ様が直々にお話したいとのことで」


 老執事は、扉を白い手袋の着いた右手の甲で叩く。


「入ってもよろしゅうございますか?」


「どうぞぉ~」


 部屋の中から聞こえてきたのは、間抜けな幼い声だった。あまりの紳士との温度差に、ルクは笑いそうになる。


 部屋の中は、ルクの想像よりも広い造りになっていた。


 光沢を放つ調度品の数々。ルクの目は、それら以上に、光り輝いていた。


「巨匠ルイ=ベルノイ作の特注の椅子に、その一番弟子ぺトルス=ベルノイの黄金期時代の箪笥___凄いですね、他にも国宝級の調度品が沢山あります。博物館と言っても差し支えないレベルで……」


 ルクはそこまで言った後に、自分の失態に気づきハッとする。


 しかしガランドと名乗った紳士は、にこやかに笑うのみで、気にする素振りはない。むしろ、喜んで居るようにすら見える。


 そして、


「ルク兄ぃは、そんなのにも詳しいんだぁー」


 部屋の中心に備え付けられたベット(紗幕カーテン、天蓋付き)から声が聞こえる。かなり幼い声だ。


 紗幕が開かれる。


 そこにいたのは、幼げな少女だった。


 金髪で黒と白のオッズアイ。童顔で身長も低いため、さらに若く見える。だか成長すれば、間違いなく美人になることは分かる。


 身にまとっているのは、俗に言う寝間着というもので、フリルのついたそれは、余計に彼女の幼さを際立たせていた。


「お久しぶりです。ベルルカさん」


「もう、『さん付け』はいいって何回も言ってるのにぃー」


「いえいえ、女性レディに対する配慮はいつも大切にしろ、とある人に教えられていますので」


「ルク兄ぃは、かたいなぁー」


 なんか本当の兄妹みたいだな、とクリネは思った。自分とは違って幸せそうだと心から思った。


「ベルルカ様、そろそろご要件を。ハンターの皆様もお忙しかろうございますから」


「りょうかーい。じゃあー、ぱぱっと説明するとー」








区長パパを頼みたいんだよね~」






「………………」


 理解するのに要した時間、ルク二秒、クリネ十秒。


「……では、最初に報酬の確認からしますね」


「ちょっと待ったー!ストップ、ストーップ!」


「?」


「何か?って顔しないでください。まず先輩である私を置いて勝手に話を進めないでください!」


「これは、失礼しました」


「それと、ベルルカ様?ここは冗談を言っていい状況ではないのですよ。冗談にしても、酷すぎます」


「えっと、冗談じゃなくて本当に頼みたいんだけどなぁ」


「あぁもう!ガランドさんも何とか言ってくださいよ」


「申し訳ないのですが、私も今回ばかりは賛成なのでございます」


「ほら、ガランドさんも……ってええっ!?」


 何とも間が抜けた顔をしてしまう。クリネからすれば、先程までのベルルカの発言は全て戯れに過ぎないと思っていた。


 でも、ガランドが嘘をついているとも考えにくい。


 一体どういうことなのか、クリネには判断しかねた。


「クリネさん、依頼主との過剰な接触は良くないですよ」


「………私より先輩らしいですね、ルクさんは……もう、仕方ありません。きちんとした依頼として、認めますよ」


「ありがとうございます。では、再度報酬の確認をしますね」


「りょうかいー。じゃあ、成功時は、建物等破損損害を考慮せず、10000000一千万イェノムでいいかな?」


 この世界の通貨は、基本的にイェノムが使われる。遠い昔は、国ごとに様々な通貨が使われてきた。


 だが、大王国が全世界を平定したために、全世界の通貨を揃えることが義務付けられた。


 一千万イェノムがあればちょっとした高級車か、こじんまりとした家ぐらいは買えるだろう。


「えっ、いっせんま」


 クリネは、度を越した額に驚きを顕にした。


「いいですよ」


「いや、ちょっとま」


「おっけー、交渉成立だね~」




 かくして、クリネの意見は完全に拒否され、交渉は成立した。




 だが、


「でもねー、一応ルク兄ぃとクリ姉ぇの実力を知りたいなぁ」


「では、そこのお二人と御手合わせさせて頂くというのはどうでしょう?」


「そこのお二人って誰も……」


 いない、とクリネが言いかけた瞬間だった。


 突然ベルルカが居るベットの脇に、二つの影が現れる。


「気づかれていましたか」


「流石は、ルク様」


 出てきたのは、二人の美女。


 ルクから向かって左の女性は、髪は美しい川のような水色。髪型はまさに川のごときストレート。目も同じ色をしている。少しおっとりした雰囲気がある。


 右の女性は、対照的に髪色は燃え盛る炎のような緋色。ポニテに纏められており、顔からは、男にも優る勝気が溢れ出ていた。目は、少々つり上がっており、見た目のキツさをぐっと押し上げている。


 そんな対照的な二人の共通点はただ一つ。




 それは、していることだった。



 二人とも髪と同色の鞘と柄。見た目の美しさも相まって、彼女たちの魅力をより引き立てていた。


 だが、ルクの目にはそれがただの装飾品でないことがひしひしと伝わってきた。



「『慈愛』のクシルスと申します。以後お見知りおきを」


「『殲滅』のレイカと申します。以後お見知りおきを」



 二人はそれぞれ名乗り、声を揃えてこう言う。




「「ルク様、クリネ様、私達と御手合わせ願います」」




 その名を聞いた時、クリネの表情は驚愕に染まっていた。対して、ルクは静かにその二人の姿を睥睨していた。

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