フラーゼ家のタウンハウス④

 天井に吊り下げられたドライフラワーや、木箱の中のドライハーブは、ステラのテンションを上げるには充分すぎた。店という施設に来るのが初めてという事もあり、物珍しさから隅々まで見て回る。


「材料は乾燥したハーブだけでいいの?」


 麻袋の中に入っているラベンダーのポプリを眺めていると、ジョシュアが話しかけてきた。

 彼の方を見やると、若干つまらなそうな表情をしている。彼にとってここは取るに足らない店なのかもしれない。


「ペパーミントはフレッシュハーブがいいのですが、手に入りづらいようでしたら、ドライハーブでも__」


「生がいいなら、そちらを手に入れよう。おーい! 店主ー!! 店にあるだけのドライハーブを全部と、生のペパーミントを10kg、明日の朝までにフラーゼ侯爵のタウンハウスに運んで!」


「え!?」


「そんなに多くかい!? こっちは儲かるからいいけどよぉ」


 突然の大量注文に、ステラだけでなく店主も狼狽える。

 確かにドライハーブもフレッシュハーブも多ければ多い程いいのだが、これは小心者のステラには刺激が強い買い方だ。


「そんなにたくさん買ってしまって大丈夫なんですか?」


「全然大丈夫でしょ。ちゃんとお金を払うんだからさ。あ、もしかして別の店のハーブの品質も見てみたかった?」


「そうですよ! 色々吟味しませんと!」


「じゃあ、他の店のハーブも買い占めるかな!」


「ヒェ……」


 ジョシュアは宣言した通り、他のハーブ専門店や雑貨店からハーブを全部買い占めてしまった。

 修道院に引き篭もっていたステラは、物の売買の現場を数える程しか見たことがないのだが、こんなに豪快な買い方をする人は初めてだ。

 こんな事では、神様の怒りを買うかもしれないので、ステラは立ち止まり、ロザリオを握りしめた。


「そんな所につっ立って何してんのさ」


「神様への祈りみたいなものです」


「一日に何度も祈らないといけないんだっけか? 修道女は大変だな」


「そんな事もないです」


「ふぅん……」


 間近に立たれ、読み取り辛い表情でジッと見られるのが落ち着かず、背を向ける。


「他に必要な材料は?」


「……ブランデーです。修道院では敷地内で栽培したブドウをワインにし、更にそれを蒸留したブランデーを使っていましたので」


 ポピーの為に作るフレグランスは、彼女自身気に入ってくれている『聖ヴェロニカの涙』に多少のアレンジを加えた香りにしたいと考えている。修道院で学んだ事なのだが、この国で使われているフレグランスの主要な材料は、胃腸薬である『聖ヴェロニカの涙』とほぼ同じく、香料と、酒と、綺麗な水だ。

 三つの割合の違いや、香料の組み合わせの違い等はあるのだが、ステラの頭の中ではフレグランスと胃腸薬は大体一緒の括りになっている。

 なので、使用するアルコールは『聖ヴェロニカの涙』と同じブランデーにしたいのだ。


 ジョシュアにザックリと材料についての説明をすると、成る程と頷かれる。


「ブランデーは必須なんだね」


「そうみたいです。ブランデーの中のアルコールに、香りを移すというのが修道院での作り方なので」


「その言い方だと、アルコールならどんな種類でも良いみたいに聞こえる」


 苦手な切り返し方だ。

 ステラが悪事を働いた時のシスターアグネスの誘導尋問ソックリ。

 落ち着かない気分になりながらも自分の考えを纏め、言葉にする。


「アルコールが強いめの酒ならいいのかなって思います。修道院でワインを使わず、ブランデーを使用しているのは多分アルコールの濃度を重視しているからという気がしますし。後は臭いが邪魔しないかどうか、でしょうかね?」


 伝え終わると、ジョシュアは満面の笑顔を浮かべた。


「なるほどね。実はさ、フラーゼ侯爵が保有している研究所で水分を殆ど含まない、無水エタノールというのを研究しているんだ。良かったら、ブランデーと無水エタノールの二種類を使って、比較してみてくれないかな?」


「水分を殆ど含まないのですか。分かりました。やってみます」


 フレグランスはポピーの為に作るのだから、フラーゼ家の研究所で開発されている物を使用するのは最良な気がする。

 アルコールだけ変えて二種類作り、彼女が望む香りに近い方を渡せばいいだろう。


 無水エタノールは後で侯爵邸まで運んでもらう事にし、ブランデーを買いに、繁華街の端にある酒屋まで行く。

 ベルの付いた扉をカランコロンと鳴らしながら店内に入ると、ムッとする様なアルコールの香りが充満していた。

 居るだけでクラクラしてくる。


「いらっしゃい! って……、修道女様!? しかも幼女!?」


「私は十五歳なので、幼女ではないです!」


 ステラの年齢を誤解するのはジョシュアだけだと思ったのに、他にも居た。

 腹が立って上目遣いで睨むと、店主は苦笑いを浮かべた。


「十五か。勘違いしちまって悪かったな。ユックリしていきな!」


「親父さん、店にあるブランデーを全部__」


「この店にあるブランデーの香りを全種類嗅がせてもらえませんか!?」


 またもや全部買うと言いそうなジョシュアの言葉を遮り、主張する。

 この少年に任せていたら、後からブランデーを買いにこの店に来た人が困るだろう。


「ではテイスティングしてもらおう。そこの椅子に座って待っててくれ」


 店主はそう言い、店の奥へと向かった。

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