戦・丈吉2

「なんで墓なぞ作るのだ」

 幼い頃、丈吉は兄に問うた。大年の東の端に位置する狩人たちの墓地での事だ。昼だと言うのに妙に薄暗く、やけにカラスがうるさかったのを覚えている。兄、その頃はまだある程度慕っていた兄の顔も、夕暮れの逆光のように昏く見えた。

「魂を鎮めるためだ」

「魂とは」

「人の、いやあらゆる生き物の内にあるものだ。俺の内にも、お前の内にもある」

「心臓みたいなもんか」

「みたいなもんか……かもしれんが、目に見えたり、手で触れるもんじゃあないらしい。とにかく死んだ人からは魂が出て、それを放っておくと化けて悪さをするというのだ。だからそうならんように人が死んだら魂を鎮めるようになっとる。墓もそのためだ」

「ふうん……魂は悪さをするのか。なら人は生まれつきに悪党なのか? へへえ、それに化けるとは、まるで狸のようだな」

 丈吉が軽く言って笑うと兄は顔を真っ赤にして怒鳴った。

「馬鹿者! 狸のようだなどと、無礼な口を叩くな。死者を弔うのは昔からのしきたりだ。しきたりにケチをつけるな」

 二言目にはしきたり、しきたりと、一歳年をとるごとに同じことしか言わなくなる兄にうんざりして、市井の狩人と同じ道に入った。町の中央で守りに徹する狩人と違い、町の端の狩人は常に死と隣り合わせだ。顔なじみ、先達、若手、色々な奴が死んでいくのを目の当たりにしてきた。

 狩人になってわかったことがある。弔いは重大だ。墓はあった方がよい。だが、兄の言うような、死者の魂というもののためではない。死者とは、さっきまで生きていた人だ。その人が生きていた証、狩人として戦った証を、どこかに残したい。どこかに記しておきたい。そういった、今生きている人間の心を鎮めるためにこそ、墓というのは存在するのだ。

 人が死んで化けたりするものか。化けるのは、狸だ。

「亡霊……」

 床々山の決戦。その最中、敵の大将である雄伝との戦の中で、丈吉の意識は地を這いずる黒いものに集中して縛られていた。

 考える脳がないはずなのに、動いている。意思があるもののように六武太を襲い、顔の肉ごと削ぎ落されても、まだ動いて這いずっている。

 死者の魂。悪さをする。

 ――認めない。

「こんな狸は見たことがない。狸とて死んだら終わりだ。終わりのはずだ。さっさとくたばれ、化け物」

 怒気と共に放った矢はまたしても泥を突き抜けた。どうせ効かないことはわかっていた。丈吉は素早く泥の前へ躍り出ると、顔をおさえて蹲っている六武太の肩を担ぎ上げた。

「六武太! こっちだ、今の内だ! ……ええい、重てえ奴め」

「じょう……すまねえ……」

「しゃべるな! しゃべるのは帰ってからだ。お菊さんの顔を見てからだ」

 重い体をひきずり、ひきずり、泥から離れていく。泥はなおも蠢いているが、這いずっては近づいては来ない。来れないはずだ。丈吉の矢は泥ではなく、泥に絡みつかれた六武太の鼻を射抜いて地に留めたのだから。

「ひとまず動きは止めたが、矢も効かねえ、斧でも断てない相手をどうしろと? 狸の亡霊など、聞いたこともないぞ」

 冷たい汗が丈吉の腋を濡らした。ぜえぜえと馬のように荒い息を吐く六武太の体温に触れて、蒸すように体が温まっているせいか、意思に判して湧き出る汗は冷酷に寒く感じられた。

「ちくしょう、こいつを放っておけねえが、六武太を置いてもいけねえ。誰か、誰か居ないか!」

 半ば期待していかったが、返事は頭上から降ってきた。

「それ、ここに」

 落ち着きはらった声とともに降ってきたのは、仮面をかぶった天人どもだった。

「やはり出ましたか、泥の鬼。ここは我らにおまかせを」

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