両眼

 雄伝と大伝の間にはあと二つ、男兄弟がいた。名は次男が右眼うげん、三男は左眼さげんといった。産まれた時から瓜二つで、一方は右目の隈取が濃く、一方は左目が濃かったため、見分けをつける意味もこめて右眼、左眼と名付けられた。

 こいつらはいつも一緒にいて、寝る時も、食う時も、山のどこかへ出かける時も常に番のようにくっついていた。周りはこの兄弟をひっくるめて両眼と呼んだ。実際、呼びつけるにはそれで十分に事足りたし、兄弟たちもその呼び名を気に入っていた。

「こらぁ両眼、また大伝をいじめおって」

 長男で、跡取りとしての意識が高い雄伝は、幾度そう怒鳴っただろう。両眼は大変な悪戯好きだった。何しろ何をするにも他者の二倍、考えることまで同じで、ちょっかいをかけたり騙したりは日常茶飯事、あくまで子供の悪戯の域を出ず害意がないのは皆の承知の上であったが、一番の被害者は末っ子の大伝だった。

 今ではとても考えられぬが幼い頃の大伝は、身体も意思もちいちゃで華奢な、弱弱しい狸だった。

 ある日のことだ。大伝が柿の木を見上げていると、それを見かけた右眼が傍に来て囃し立てた。

「やあい、大伝。実が欲しいのに木登りもできないのか」

 すると、左眼も一緒になって笑った。

「実が落ちるまで待つようなのんびりは、先を越されちまうぞ。それ、俺たちが先に取ってやる」

 右眼と左眼は木の幹に爪を立てて、するすると器用に登っていく。あっという間に柿の実った枝にたどり着くと、どうだとばかりに地上の大伝を見下ろした。

「そうれ、そうれ。食っちまうぞ」

「欲しかったらここまで来いよ」

 しかし、大伝には登れない。登ろうともしない。言い返しもせずに俯いて、いとも悲しげな顔をしているばかりであった。

「おい、大伝」

 たまたま遠くで見ていた雄伝が、大伝の傍に来て寄り添った。

「大伝よ、あいつらよりお前の方が正しい。あの柿は確かにもう食えなくもないが、まだ渋い。柿は熟して自然に落ちる頃が一番美味いと親父も言っていた。お前はそれを待っているのだろう?」

 大伝はこっくりと頷いた。早熟で聡明な雄伝は、大伝をいつもこうして庇うのだった。

「それにしても、あいつらは」

 と、見上げた雄伝の顔に、ヒューッと固い柿の実が落ちたてきた。

「あぎっ」

 木の上で両眼が笑った。

「あはは、ごめんよ、雄伝。お詫びにその実をあげるよ」

「その実、やっぱりまだ固かったからさ」

「こいつ!」

 と、怒った雄伝は柿の木を登って、右眼、左眼を追いかけ回す。みっつの狸が枝を飛び回るうちに、ゆさゆさと木が揺れ落ちて、一つの実が大伝の目の前に転がった。大伝はその柿に恐る恐る鼻を近づけて匂いを嗅ぎ、試しに一口かじってみると、落ちた実の中は少しばかり熟していて、ほんのり甘かった。大伝はにっこりと笑った。

 兄弟はずっと仲が良かった。右眼と左眼は時折やんちゃが過ぎて叱られる事もあったが、親分として山全体を見守っている父や、その後継者として共にいる事の多い雄伝に代わり、いつも大伝の遊び相手をしていた。大伝も朗らかな兄たちを慕い、遅い足でせっせとついていくのであった。

 また別の日のことである。

 右眼と左眼、それに大伝は、山の東側の崖で追いかけっこをしていた。剥き出しの岸壁が段々になった地形で、右眼と左眼は競い合うように走り、遅れてくる大伝をからかいながら待っていた。

 ふと崖下を覗いた右眼が、あっと小さく声をあげた。

「おい、左眼。こっちを見ろ。大声を出すな。ゆっくり、静かに見ろ」

「どうしたんだ、右眼。どれどれ……」

 と覗き込んだ左眼は、やはり同じようにあっと声を漏らした。

「人間だ」

「狩人だな」

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