戦・六武太
血が、力だ。
六武太はいたって単純に考える。
我が身の内に廻る赤い血の水。これこそが筋肉を動かし、力を絞り、敵を討つ。
六武太は自分の血を誇っていた。
といっても、血筋だの、血縁だのというものに興味はない。唯一妹との血の絆だけは大事だが、為政者どもがよくやるような、某は何某の氏でござい、某の祖先はこれこれの手柄をあげた誰それでござい……などと偉ぶって名乗るのは頭から馬鹿にしている。
氏がなんだ。祖先がなんだ。大事なのは今の己だろう。己が内にある血の流れをいかに上手く使いこなすか、それだけが重要なのだ。昔のことなど知るか。
六武太が誇るのは、今の己の内にある血だ。この血は実によく動く。熊だの馬だのと人に呼ばれる馬鹿でかい体が、独楽のようにくるくる動かせる。ノロマと侮って喧嘩を吹っかけてきたゴロツキどもを、何度電光石火の張り手で吹っ飛ばしてやったものか。それに息もよく続く。一度、丈吉とどちらがより遠くまで走っていられるかと競ったことがあるが、あの鼻っ柱の強い丈吉が早々に音を上げて、
「参った、参った。まったくお前が人間らしいのは面だけだな」
などと憎まれ口を叩いたのには腹を抱えて笑ったものだ。
人が俺を化け物と呼びたければ呼べばいい。化け物上等。それで『敵』に勝てるのなら。狸であろうと、あるいは俺たちを蔑む他の狩人であろうと、俺は俺の血によって敵に勝ち、妹を守る。
だが、この日の血は、どこか違った。
「まだだ、丈吉! まだこいつは死んでねえ!」
床々山の狸どもの長、雄伝の泥の肉体に斧を突き刺したまま、六武太は緊張した声を張り上げた。
丈吉の第二の矢が雄伝の目を抉ったのは確かに見た(丈吉の弓の腕前もたいがい化物だ)。雄伝の泥の身体がどろりと溶けたのも見た。
だが、斧を伝って感じる生命の鼓動は、まだ尽きているようには思えなかった。
六武太の血が吼えた。肉体が意思より早く躍動した。
「くたばれ、狸ども!」
斧を引っこ抜くのと刃を反転させるのとを同時にやって、泥の中から雄伝本来の、むき出しの狸の身体を引っこ抜き、空中高くへ打ち上げた。背後で丈吉が第三の矢を放つ気配がしたが、構わなかった。
すん、と一振り。
並の狩人なら持ち運ぶのも難儀な鉄の大斧が弓よりも早く、上から下へ真っ二つ、狸の身体を頭の先から股ぐらまで、見事に掻っ捌いた。
それは後ろから矢を射らんとしていた丈吉をも仰天させる早さであると同時に、なにより六武太自身を驚かせた。
俺の血は強いが、普段はここまでじゃない。合戦とも言える大規模な狩りだから、いつもより滾っているのか?
もしくは、昨日の夜うちで飲んだ茶の、あの奇妙な味……。後で聞いたらお菊め、天人からもらった茶だとか言っていた。狩人の方々の力になる茶だとか言いくるめられて……。あいつは俺が天人を嫌っていると知らないから素直に受け取ったようだが。
「六、離れろ!」
丈吉の震えた声が六武太の意識を跳ね戻した。しかし理解は追いつかなかった。
離れる……? 何から……?
そこからだった。
たった今真っ二つに斬り捨てた狸、雄伝の二つの身体の合間から、夥しい血のようなものが噴き出して六武太へ飛び掛かってきた。
泥と血がどろどろに混じったような、何かだった。
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