戦・大伝・2
横倉とかいう男は薙刀を高く掲げた。今度こそあれを真っ直ぐに振り下ろして、俺の頭を砕くに違いない。大伝は恐怖を目で殺した。横に薙ぎ払っても脚を斬る奴だ、両の前脚で頭を守っても、それごとぶった切るかもしれない。刃を振り上げる男の顔が歪んで見えた。男の顔ははっきりと、狩りの喜悦に歪んでいた。
やぁあああッ!
獣にも勝る雄叫びとともに、薙刀が振り下ろされた。大伝は両腕を交差させて頭を守る。気迫の籠った刃は泥の脚に触れ、ずぶずぶと意思を裂いて、真っ二つに斬り裂いた。
だが頭は斬れなかった。刃を降りぬいたそこに頭はなく、泥の胴体があった。胴の厚さ四肢の比ではない。まともにめり込んだ刃は腹の辺りで止まった。
「ふやッ」
的を見失った男の股下を、間一髪泥の身体から脱した大伝が駆け抜けた。今度は男が振り向く番だが、そうはいかない。振り向く前に男の顔が苦悶に歪み、固まった。
泥から脱した大伝は、生身の肉体に一部だけ泥を纏ったままだった。人間の拳のように硬い尻尾である。男の股下を駆け抜ける刹那、その尻尾の先で思い切り男の股間を打ち付けてやったのだ。
泥の身体ならいくら斬り落とされても構わない。また纏えば良いだけの事だ。男が薙刀を抜いて、やっと振り返った時には大年の地を吸って、すでに大伝の身体は出来上がっていた。
男の怒りと苦痛に歪んだ面を、まずぶん殴る。次に掴む。持ち上げて振り回して、最後に落とす。色々な骨が折れたり砕けたりする感触があった。
男が動かなくなるまで、殴った。
「最後まで武器を手放さないのか。それはそれで、凄いな、お前」
不思議な気持ちだった。人間を恨み、その技や武器を忌々しいとばかり思っていたのに、今だけは素直に凄いと言えた。
「丈一様が敗れたぞ!」
「仇を、仇を討て!」
男の気が失せたためか、蚊帳の外にいた狩人たちが一斉に帳の内へ躍りかかってきた。
ふと気が付けば、狩人の数が増えている。町の外を見張っていた連中が続々と集っているようだ。あたりをよく見れば、人間の死体と共に、狸の死体もいくつか転がっている。
そろそろ不味い時かもしれない。このまま時がたてば、人間の方が地の利で盛り返す。そうなっては奇襲も形無しだ。
大伝が胸の内で思案していると、狩人の一人が魂消るような悲鳴を上げた。
「火だっ。町が燃えている!」
言われて大伝も気が付いた。家の一つが、天辺まで炎に包まれていた。炎は木の壁や屋根を舐めつくし、東からの風を受けて火の粉を散らしていた。
「良しッ、灯子、良しだ!」
炎に気付いた人間どもの顔が一様に青ざめた。大伝はさっきの男が持っていた薙刀の刃を柄からちぎり取って、試しに放り投げてみた。湾曲した刃は弧を描いて、青ざめた狩人の頭に深く突き刺さった。
「おおう、さして期待してなかったのに、上手くいった」
大伝の方が驚いたぐらいである。
ただでさえ狸に手こずっていた狩人たちは、突然の火の手に半狂乱の態であった。町の建物は悉く木造である。二日前に雨が降ったとはいえ、昨日と今日の空風で町は乾いている。風に煽られた火は瞬く間に連なった隣家へ燃え広がっていく。火を消したくとも、目の前には狸がいる。
しかも、火元である灯子は狩人の目を盗んで、次々と新たな火種を起こしていくのである。
『人間は火を使わなければ物も碌に食えないくせに、火に弱い巣に暮らすんだぜ』
雄伝の言葉は真だった。
町が、人が、次々に消失していく。大年という大敵の死を、大伝は深く胸に覚えていた。
見ているか、親父。
右眼、左眼、俺はやったぞ。俺と雄伝が、お前たちの仇を取っているんだぞ。
「ざまあみろ、ざまあみろっ」
目の前の全てに対して、大伝は叫んだ。それは大伝の身体に宿った、死者たちの意思でもあった。
「山に行った狩人が戻ってきても、もう町はない。消えちまえ、どいつもこいつも死んじまえ!」
炎にまかれた家屋から、わらわらと人間が飛び出してくるのが見えた。
全部獲物だ。
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