それくらいの、関係。
しみちゃん。
それだけ。
「あそこのタピオカ美味しいらしいよ」
「飲んでみる?」
「飲んでみる!」
一ノ瀬 優月の隣を、成瀬 由香里が歩く。
まぁ一ノ瀬ってのは俺のことなんだけど。
手は繋がない。
肩が触れたり、手が触れるほど距離が近いわけでもない。
ただ、週に一回会う。
それぐらいの関係。
学校も違えば、学年も違う。
趣味も違うし、好きな食べ物や服の好みも違う。
でも、隣を歩く。
それぐらいの関係。
「うーん、もちもち具合は5点かなぁ」
由香里がタピオカドリンクを飲んで呟く。
「甘さ具合は7点! どうだ?」
その呟きをそれとなく俺が拾う。
「いや、そこは6点でしょ」
「その一点の減点はなにか意味がおありで?」
「これは直感ですねぇ」
「どこの誰なんだ俺たち」
「あははっ」
笑いあって、お互いタピオカドリンクを飲みながら歩く休日。
カップルに見られたりするのかなぁ。
まぁ由香里とカップルになりたいとは思ったことないし、相手も多分思ってない。
こんな関係を俺が高校一年生の時から、由香里が高校二年生の時からずっと続けて、二年も経つ。
どんなに忙しくても、テスト前でも、徹夜明けでも、必ず週に一回こうやって隣を歩く。
時には公園をひたすら練り歩き、時には昼御飯を食べてやっぱり施設を歩き回ったり。
一度も手を繋いだことはない。
繋ぎたいと思ったこともない。
一度もいやらしい目で見たことはない。
いやらしいあんなことをしたいと思ったこともない。
一度も、カップルになりたいなんて思ったこともない。
……と言いたいところだが、一度だけ手を繋ぎたいと思ったことがある。
一度だけいやらしい目で見たことがある。
一度だけカップルになりたいと思ったことがある。
でもまぁ、もう過ぎたことだ。
そうに違いない。
大人になってもこういう関係を続けたいか、といわれたら少しつっかかる。
なんなら、来週会うかさえわからない。
それでもきっと来週も、いつもの公園のモニュメント前に11時丁度に向かって、由香里は5分くらい経ってから来て、一緒に歩くんだ。
「優月、彼女できた?」
「いいや」
「ほんと、彼女いたら人生変わると思うよ」
「そういう由香里は彼女できたんか?」
「いいや、この前告白して振られたばっかり」
「どんまいけるじゃくそん」
「ムーンウォーク」
すすすっ、と由香里がムーンウォークをしてみせるが、素人目に見てもできてないことがわかる。
というか、これはただの後退りだ。
「できてねーよ」
「ここは月じゃないからアースウォークだね」
「歩いてるだけじゃん」
「せいかーい」
なんてくだらない時間を過ごしているんだろう。
と思うこともある。
でもこれが、心地いい。
「今日雨の予報だったから、あたし傘持ってきたさ、偉いしょ」
「どこに傘あんの? 折り畳み?」
「ふっ、君の心のなかさ」
「意味わかんねーよ」
「ははっ、意味なんてないもーん」
ふと、足を止める。
ぽつ、と頬を水滴が伝う。
「雨、かな?」
俺は少し震えた声で言う。
顔をぐいっと上に向け、雨降ってねぇやって笑ってみせる。
由香里は、気づいてるみたいだった。
「ごめん、こんな関係やっぱ辛いよね」
「急にどうした?」
「知ってるよ、優月があたしのこと好きなの」
「んなわけねーじゃん」
「でもあたしが女の子しか好きにならない
こと知ってるから、隠してるんだよね?」
「そんなわけねーって、ありえねー」
「ごめんね、もうやめよう」
由香里は走って人混みに消えていった。
声が震えているように聞こえた。
次の週、いつものモニュメントの前に11時きっかりに着いた。
由香里は来なかった。
それくらいの、関係。 しみちゃん。 @shimishimi6532
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