第10話 過去の声

「リリベットは、どうして竜の狩人ドラゴン・ハンターになりたいって思ったのですか?」

 とうとう五日目の朝になった。


 〈彼〉は、疲れきった顔をしていたし、話し方もどんどんだるそうになってきた。

「ブルー・ドラゴンが欲しかったから。買えないなら、乗り手になるしかないと思った」

「どうしてブルー・ドラゴンを手に入れたかったんですか? ほかの竜たちではなく」

「なんでかな。あたし、小さい頃からドラゴンが好きで、家にも本や人形なんかがたくさんあったから、好きになるのがあたりまえだった、と思う。それに、竜の狩人ドラゴン・ハンターってかっこいいし、世界中を旅してまわれるっていうのに憧れた」

「なんで、リリベットは旅することに憧れたの?」

「家にいなくてもいいでしょう?」

 言って、あたしはくちびるを噛んだ。

「そのなかでも、どうしてブルー・ドラゴンなの?」

 〈彼〉は、しつこく聞いてきた。

 言われて、あらためて考えてみる。


──なんでだろ。


 青い竜って、あたしにとってなんなんだろう。

 大事なもの? めずらしいもの? あこがれ? 冒険?


 ふい、とふたをしていた記憶が頭をよぎる。


 居間の暖炉においてある、金属の置物。青銀色の金属でできた、生き生きとした表情の、いまにも飛び立ちそうな竜。

 子供の頃、あれがほしかった。そっとさわって、いつもささやきかけていた。


──その竜はね、うちのご先祖様から受けついだものなのよ。


 驚くほどはっきりと、死んだママの声がした。


──ママのおばあちゃんの、そのまたおばあちゃん達から。だから、いつかあなたにあげるわ、可愛いリリベット。あなたがおとなになったら、必ず連れていきなさいね。絶対に手放しちゃだめよ、これはね……。


「リリベット?」


──これはね、あなたがつける新しい名前を待っているの。だから、必ず


「リズ?」


 ママが死んで、あっという間にダディは再婚した。ママの部屋も荷物も片付けられて、なんにもなくなった。

 いま、あの竜はどこにいる?

 あたし、なんでいままで忘れていたの?


 誰も悪くない。誰も悪くないのに。


 あたしは、ママのいない家に帰りたくなかった。ダディとキャスリンの家に戻りたくなかった。


「ごめん、リリベット」

「なんで謝るの! あんたは悪くないでしょ。わからないのは、あたし。できないのも、あたし。あんたの期待にそえないのも、!」

 〈彼〉はあたしのことばを痛そうに受け止めて、そしてため息をついた。


「いいんだ、リリベット。わたしももう、くたびれたから」

 無理しないでと、竜は微笑む。

「うるさい!」

 あたしは、テーブルを両手でたたいた。思いっきり。

「あたしは、絶対にあきらめない!」


 その場を飛び出した。

 行く先なんてない。ざくざくと宝物の山のてっぺんに登って大の字になって考える。

 サムナート先生は、あの本の最後にあたしへのメッセージを書いてくれていた。


──直感に従いなさい。


「直感て、なによ!」


 もうじき、六つ目の陽が昇る。

 あたしは、大声で叫んでいた。

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