第8話 まことの名

 選択肢はふたつ。


 ひとつ。このまま逃げる。

 竜の狩人ドラゴン・ハンターにはなりたかっけど、あたしは王宮の竜を盗んだ逃亡者だ。学院に戻るなんてありえない。つまり、もう竜の狩人ドラゴン・ハンターには、なれないってこと。

 それにそうすると、あのブルー・ドラゴンは死んじゃうらしい。

 あたしのせいで誰か死ぬなんて、いやだ。


 ふたつ。のこりの時間で〈まことの名〉を見つける。

 そうすると、あの竜とあたしは離れられなくなるらしい。つまり、憧れの竜を手に入れられる。

 それに、万が一見つけられなくても、あたしは頑張ったって思える。


「わかった。あんたの〈まことの名〉を探す」


「やったー!」

 竜とドワーフは両手を打ち合って喜んでいる。


「名前っていえば、さっきから変な言葉で呼んでたよね」

 ふたりは、顔を見合わせた。

「◎*⊆→∝∞⌘、かしら」

「それ! ドワーフ語でなんて言ってんの?」

 ふたりはまた、困ったように顔を見合わせた。


「マイレ=マリカは、私のことを◎*⊆→∝∞⌘と呼んでいる」

「それって〈まことの名〉じゃないの?」

「あたしにとってはそうかも。でも、◎*⊆→∝∞⌘にとって、あたしは伴侶じゃないの」

 ちょっと悔しそう。あたしは、少し気をよくした。


「つまり、いくつも名前があるってこと?」

「わたしの名前はひとつだよ。でも、それをどう呼ぶかはみんな次第。マイレは◎*⊆→∝∞⌘と呼んでるだけ。あとは、わたしがどう感じるか、かな」

「じゃ、結局、あんたが決めるの?」

「そうとも言えるね」

 でも、という。

「リリベットには、リリベットがわたしを呼ぶ〈まことの名〉があるんだ。それを見つけてほしい」

 竜は、少し悲しげにほほえんだ。


 とりあえず、それから食事になった。

 マイレ=マリカは、とっても腕のいい料理人で、住居スペースのテーブルに、食べきれないほどの料理を並べてくれた。


「あれ? あいつは?」

「食事。あいつは牛殺せないから、遠くまで行く必要があるの」

「ふーん」


 竜が何を食べるのか、あとで調べてようと思ったが、とりあえず、あたしは絶品のパンケーキに糖蜜をかけながら、カリカリのベーコンと白っぽい卵みたいなのを混ぜて、不思議な香りのお茶と一緒に流しこんだ。


 しあわせな気分でくつろいでいると、マイレ=マリカが例のあの、『竜と生きるための百の秘訣』を持ってきた。


「念のため言っとくけど、◎*⊆→∝∞⌘が、あんたを連れて来てもうじき三日目の太陽が昇る。あんまり時間がないんだから……」


 わかっているけど、おなかいっぱいで、気持ちよすぎ。

 やっと身体中ぽかぽかだ。


「今度はね、絶対に失敗できないの。だからあんたに頑張ってもらわないと」


 マイレ=マリカは、なんだか焦っている。

「うん。わかった。でも、ちょっと眠らせて」 

 今度は、ってどういう意味だろう。

 あたしは睡魔に勝てなくて、とうとうベッドに倒れ込んだ。

 ふわふわの夢の中でも、ふわふわのパンケーキに囲まれて、ここ数日で一番しあわせな気分だった。

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