第7話 選ばれし一対

「びっくりしたよ、もう」

「ごめんごめん。絶対大丈夫って思ったから。ね、やっぱ大当たり!」

「うん……。わたしも久しぶりだから、なんだか裸になったみたいでヘンだ」

 誰かが会話していた。ひとりは、ドワーフのマイレ=マリカ。もうひとりは──。


 あたしは飛び起きた。同じくびっくりして振り返ったふたり。

「あんた、誰?!」


 若い男のひとだ。銀青色の髪を長くのばして、バスローブみたいなものをはおっている。

 はっきりいってかなりの美形だけれど、その目を見て、あたしは凍りついた。

「こんにちは、リリベット。目、覚めた?」

 にっこり優しく微笑んだ美形で背の高い〈かれ〉は、確かに見覚えのある銀の虹彩と黒のひとみ。それを細めて、嬉しそうに微笑みかけてくる。


 いや、ばかな。そんなこと!


「あた〜り〜」


 ぱちぱちと手をたたいたのは、マイレ=マリカ。

「ええと。はじめましてでいいのかな。夕べは助けてくれてありがとう」

 竜が、色白の頬を赤らめて言った。

 あたしはパニックを起こしかけた自分の頭を励まして、この状況を理解しようとする。

「説明してよ」

 自分の声ながら、ちょっと怖い。

「説明してよ、全部!」



──竜はいにしえの契約による魔法のいきものである。呪もしくは魔法一切、その太古の契約の前では意味を持たない。


「ね、つまりこういうこと」

 〈彼〉は、あたしの持ってきた『竜と生きるための百の秘訣』の最初のページを開いた。

「でね、こうなの」

 慣れた手つきでページをめくる。


──竜と乗り手は、その利害をいつにする。選ばれし一対は生涯を伴侶とし、破れぬ契約に縛られる。竜は乗り手を見出し、乗り手は竜の〈まことの名〉を見出す。これをもって真の契約とする。


 〈彼〉は、にこにこと嬉しそうにしている。あたしはため息をつくと、念のため確認した。


「つまり、あたしと、あんたは、その“選ばれし一対”だっていうの?」

「うん。会ったとき、リリベットは感じなかった?」

「感じない」


 〈彼〉は、悲しそうに目を伏せた。

「でも、わたしにはわかったんだ、経験もあるし。それに、そのペンダント」

 あたしの首にかかっている、これ?

「平気でしょう? わたしの運命の相手が持ってくれると、人の姿でいられるんだ。それに、もしリリベットがわたしの伴侶じゃなかったら、いまごろ死んでいるよ」

「あんた、そんな危険なものをあたしに渡したの!?」

 マイレ=マリカは、〈彼〉の背中に逃げ込んだ。

「仕方ないでしょ! あんたを見つけて舞い上がっている◎*⊆→∝∞⌘を見てられなかったんだもん。万が一、この子の勘違いだったら、さっさとないと」


 なんだ、それ。

 怒る気力もなえていく。おなか減っているせいもあるけど。人間の姿になった竜は、あたしとドワーフの間でおろおろするばかりだ。


「それよりあんた達、なんでこの本のこと知ってるの」

「それ、サムナートの本でしょう? もう二百五十年くらい前かな」

「うん。わたし達も手伝ったんだよね、本づくり」


 その時間感覚、ついていけない。


「でね、これってタイムリミットがあるの」


 マイレ=マリカは、お構いなしに『竜と生きるための百の秘訣』の第九十二章を示した。


── 伴侶となる乗り手は、対なる竜の〈まことの名〉を見いださねばならない。さもなくば、竜は太古の契約から解き放たれ、その長い生涯を終えるだろう。


「でね、さらにここが大事」

 と、マイレ=マリカは最後の一行を指差す。


──猶予は五つの太陽と五つの月。六つ目の太陽が昇るまで。


「はあ?!」

「そういうわけなんだ。わたしがリリベットを見出したから」

「あんたが、◎*⊆→∝∞⌘の〈まことの名〉を探す」


 つまり、次は、あたしの番、ってわけ?


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