第6話 竜の洞窟

「竜と旅をする場合、以下の三点は勧めない」


 あたしは、サムナート教授からもらった『竜と生きるための百の秘訣』を読み上げた。


「ひとつ、急がせること。ふたつ、命令すること。三つ、食事を邪魔すること」


 あたしは本をぱたりと閉じて、投げ出したくなった。


 夕べ竜泥棒になったあたしは、ブルー・ドラゴンに乗って飛び立った。

 飛び立ったはいいけど、どこへ行けばいいかわからない。で、竜がこの洞窟へ連れてきてくれたのだけど、あたしを降ろして、またどこかへ飛んでいってしまった。

 あたしは外套にくるまったまま、ぼーっと座っていたけど、寒いし、お腹空いたし。


「よし、探検だ!」


──いいかね、リリベット。を探すんだ。


 竜の名前って、どうやって探すの?


 洞窟は広くて、天井はキラキラと昼間みたいに輝いている。山の裂け目にある入口の方は明るくて、反対側には暗い穴がふたつ。

 あたしはまず、左側の穴へ進んだ。奥に光が見える。


「な、なんだ、これっ!?」


 思わず叫んだあたしの声が、こだまする。

 竜がお宝好きっていうのは知っていたけど、これは──。


「いらっしゃーい♡」


 足元から声がした。ぎょっとして見下ろすと、ちいさな人間。


「ド、ド、ド、ドワーフ!?」

「はーい、ドワーフのマイレ=マリカでーす!」

(これ、まさか、女!?)

 ドワーフの男女は見分けが難しいって習ったけど、どう見てもヒゲをはやしたオジサンだ。

「いま、アタシのことオジサン、て思ったでしょ。だからなのよねー、人間て」


 マイレ=マリカと名乗ったドワーフの少女(たぶん)は、ちょうどあたしのおへそぐらいの背。赤とかピンクとかのぶかぶかの服を着ていて、髪は赤銅色っていうのか、とにかく赤い。ほっぺは丸くてえくぼがあるけど、ヒゲがあるんだよ、これが!


「あなた、誰?」

「だから、マイレ=マリカ。ドワーフの北薙岳族出身」

 意味がわからない。

「ああ、そういうこと。あのね、アタシはここの宝物の管理人。に頼まれて、代りに管理しているの。貴重なものがいっぱいあるからねー。よかったら、案内するけど」

「あの?」

「そう。ブルー・ドラゴンの◎*⊆→∝∞⌘」

「は?」

「だから、◎*⊆→∝∞⌘」


 ドワーフ語なのかぜんぜん聞きとれない。

 わかったとばかりに手を叩いたのは、マイレ=マリカだった。


「あの子の運命の相手なのね!」


 なんだか知らないが、やたら、嬉しそう。あたしが、運命の相手?


「名前は? 出身は? なんであの子と知りあったの?」

「あ、あたしリリベット。アルムスターから来て、あの」

「リリベットね。こっちこっち、早く、早く!」


 やたらせっかちなドワーフ少女は、あたしの手を引っ張って、どんどん金銀財宝の中へ入っていった。


 最初の広間より、ほんの少し狭い。天井近くまで、宝物が積み重なってまぶしいくらい。金のコインを拾ってみると、さっき磨いたようにピカピカしていた。


「あったー!」


 宝の山のてっぺんを掘っていたマイレ=マリカが、ぶ厚い金属の手袋をした手に、首飾りをつかんで来た。


「これ、たぶん、リリベットのよ。持ってみて」


 持て、という相手は、分厚い手袋でガードしている。にこにこと、本当に嬉しそうなヒゲ笑顔だ。


 きれいな銀色の首飾りだった。ひとつ大きなサファイアがついている。細かい細工がしてあって、たぶん、ひとの手で造られたものではない。

 見ているうちに、あたしは、どうしても欲しくなった。


「大丈夫なの、さわっても」

「うん、たぶん!」


(やめろ、あたし!)


 手が勝手にのびていく。

 吸い寄せられるようにをつかんだ。

 その瞬間、ものすごい衝撃に目の前が真っ白になる。


 頬を横なぐりの吹雪がたたく。空を見上げると、無数の竜が飛び交っていた。轟音がして西の方に巨大な炎があがった。空まで届くほどの、ものすごい火の柱だ。

 あたしはなにかを叫び、その時、風にさらわれた。

 つかまった感触で、竜だとわかる。

 間をおかず、ものすごい衝撃。


 天空を真っ逆さまに堕ちながら、そうしてまた、なにもかもわからなくなった。






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