第5話 これも運命の時

 あたしは、生きていた。


 目を覚ますと、天井に見なれた模様。医務室の窓の外は、もう真っ暗だった。


「気がついたかな」


 サムナート先生だった。

「いてっ」

 起きあがろうとして、全身が悲鳴をあげる。

「あたし……」

 空から青い竜が降ってきた。それなのに。

「あたし、生きてる?!」

「死んではおらんな」

 先生は、あたしが起きるのを助けて座らせてくれた。

「あの、ブルー・ドラゴン、どうなったんですか?」

 手足を擦りむいたぐらいで、ほかは大丈夫そうだ。

「竜舎だ。繋がれ、呪でしばられている。ひとつ間違えば、どれだけ被害がでたか。竜の狩人ハンターらの気が知れん」

 めずらしく、先生は怒っているようだった。

「でも、あたし、無事でしたし、すごかった。あのブルー・ドラゴン!」


 目と眼が合った瞬間、四騎の竜の狩人ドラゴン・ハンターから、網が蜘蛛の巣のように広がった。魔法が編み込まれた〈竜殺し〉だ。


 一瞬で絡めとられ、もがきながら地面に落ちていった。

 そこに──。


「や、やだ。ち、ちょっとっ!」


──いかなくちゃ。


(なに?)


──あたし、いかなくちゃ。


(どこへよ!)


──、いかなくちゃ!


 銀の眼。あたしを射抜いた、あの眼。


「行くか」


 あたしは、え?というように先生を見上げた。

「呼ばれたならば、行かねばな」


 あたしは落ちた。あたしの上に。でも、生きていて、繋がれている。

 だから。


「行かなくちゃ」

 あたしは、ベッドをおりて着がえ始めた。


狩人ハンターは、あの見事な竜を王宮へ献上するそうだ。明日の朝、出発する。何か悪さをして追ってきたのではなく、この付近を飛んでいたらしい」


 先生は、すごく真剣だった。


「これを持って行きなさい」


 あたしは外套と、厚い布のバックと、一冊の本を渡された。


──『竜と生きるための百の秘訣』


「いいかね、リリベット。を探すんだ」

「あたし、もう、いかないと」

「あれの、〈まことの名〉を見いだしなさい」

「ええ、先生」

 はい、先生。

 あたしは、上の空でつぶやいた。それがどんなに大変なことなのかも知らずに。


 最後に、先生はあたしの手に、ひとふりの短剣を押し付けた。

「持って行きなさい、エリザベス=ローズ・マーロン。これがどこかで役に立つだろう。きみの未来に幸あらんことを!」


 あたしは、最後の綱を切られたように飛び出した。短剣をカバンに押し込み、走り続けた。


 竜舎は、校庭の反対側にある。

 動物よけのサーチライトをさけながら、あたしは走る。


──早く、早く!


 竜舎の前には、篝火が炊かれていた。香木だ。


 なかで竜の狩人ドラゴン・ハンターがひとり、干し草の束に座ったまま眠り込んでいた。足元に、空になったゴブレット。


 茶竜ブラウニーたちは、なぜかおとなしくしたまま、あたしを眼で追うだけ。


 一番奥のスペースに、はいた。

 竜舎の高い天井に届きそうな、青い、優美なブルー・ドラゴン。

 両脚には鎖。たくさんの呪がかけられている、はず。

 あたしは、迷わず彼に言った。


「あたしは、エリザベス=ローズ・マーロン。乗せてもらえる?」


 銀色虹彩のなかの真っ黒な瞳が、あたしの中身まで見すかした。


 やがて、竜は首を下げた。

 後脚の鎖がじゃらりと鳴る。

 先生からもらった短剣を引っ張り出し、迷わず振り下ろした。

 瞬間、自由になったブルー・ドラゴンは、羽を広げて立ち上がった。


「きれい……」


 月あかりが青い鱗をすべり落ちていく。本当に、ほんとうにきれいな竜だった。



 こうしてあたしは、ブルー・ドラゴンと飛び立った。

 十五歳になって、一ヶ月と十四日目のその日。その夜。

 あたしは、竜を盗んだ逃亡者になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る