第4話 それが運命の日

 後期試験が、終わったその日。

 あたしが十五歳になって、一ヶ月と十四日目のその日。

 あたしは、逃亡者になった。



 時計塔のチャイムに合わせて、ペンを握ったまま、あたしは机から頭をはがせなくなっていた。


「リリベット、大丈夫?」

「あー。大丈夫じゃない」

「俺もさあ、かなりまずい」

「そう」

 なぐさめてくれる、隣のアードと会話するのもつらかった。


 だめだ。

 もう、だめだ、あたし。


 絶望感が半端なかった。


 実技は、まあまあだったのに。

 茶竜ブラウニーも、なんとか乗せてくれたのに。

 しかし、しかし。

 歴史や、幾何や代数や、地理に天文学、妖精学に魔法初級! なんで竜の狩人ドラゴン・ハンターになるのに必要なのかわからない、全然、いまでも!


 ら、く、だ、い。

 た、い、が、く。


 あたしの頭の中で、四文字が繰り返し踊っている。

 受け入れるには、つらすぎる現実だった。

 さようなら竜の狩人ドラゴン・ハンター

 あたしは王都の街角で、スコーン売りにでもなろうか。スコーン好きだし。

 その前にダディになんて言おう……。


 その時だった。

 あたしは外の騒がしさに気づいて、窓へ駆けよった。

 だだっ広い校庭で、みんなが空を指差して騒いでいる。

 めずらしく、今日は抜けるような青い空。寒々した森林地帯の向こうには、剣城つるぎ山脈と剣ヶ峰がひときわ高くそびえている。

 あたしは急いで窓を開けた。真冬の風が吹き込んでくる。

 身を乗り出して見上げると、空を駆けるが見えた。

 三つ、四つ。影で竜だとわかる。しかも、大きい。成獣の竜と、それを追いかける、竜の狩人ドラゴン・ハンター


「なんで、こんなとこに!」


 竜が住むのは、剣城山脈より北。

 学院は、竜舎があるから街から離れた山奥だ。全寮制だし、楽しみは、夕食と竜の世話ぐらい。

 こんなすごいことは、めったにない!


 あたしは教室を飛び出した。先生たちが戻れと叫んでいる。

 制止する手を潜り抜けて、逆流する生徒の波を越えて、あたしは校庭の真ん中に足をふんばり、空を見上げた。

 巨大な竜が、いま、翼を広げて、あたしの頭上で身を翻した。


「ブルー・ドラゴン!」


 青い竜だ。竜のなかの竜。全身を青鈍色の鱗に覆われ、優美な長い首、鋭い牙と、見るものを射ぬくような銀のまなざし!


(エリザベス、竜は獰猛ないきものだ。孤高で、獰猛で、気高い。だから、竜の狩人ドラゴン・ハンターはおのれの存在を賭けて、竜を狩るんだよ)


──はい、先生。ほんとにすごーい……。


 青い竜は上昇しようとして、なぜかあたしを振り返った。あたしには、振り返った

 目と眼が、あう。


 その瞬間、竜が落ちてきた!


「や、やだ。ち、ちょっとっ!」


 ものすごい衝撃。

 騒ぎのなかで、あたしの名前を呼ぶ声がした。

 たぶん、サムナート先生だと思うけど、そのままあたしは、まっくらな闇に吸い込まれていった。

 

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