第3話 『竜と生きるための百の秘訣』

 サムナート教授の部屋は好きだ。

 あたしの好きな竜グッズであふれている。貴重な手書きの金文字の古い本から、標本、人形、ボートゲームまで、あっちもこっちも竜、竜、竜!!!


 呼び出しじゃなければ、──もっと好きだ。


「座りなさい、リリベット」


 いつものように、穏やかに椅子を指す。先生は奥で紅茶をいれて、あたしの前に置いてくれた。

 ローズ・ティーの香り。

 先生は、いつもなにも言わない。

 あたしも黙って、紅茶を飲む。

 そうして最後に「精一杯やりなさい」、のひとことで終わる。


 今日もいつものパターンで終わるはずだったけど、その日、あたしはを聞いてみようと思った。

 もう、先生とこういう時間は持てないかもしれないって気づいたから。

 次の試験で「D」がついたら、あたしはもう、この学院にいられなくなる。

 要するに、らくだーい!


「先生」

「なんだね」


 先生の声は気持ちいい。

「先生は、むかし、竜の狩人ドラゴン・ハンターだったって、本当ですか?」


 サムナート先生は、穏やかに(たぶん)微笑んでくれた。


「正しくは、竜の狩人ドラゴン・ハンターになり損ねた、だね」

 あたしが首をかしげると、先生は持っていた分厚い本をテーブルに置いた。


「マーロンくんは、竜の狩人ドラゴン・ハンターになりたいのかね?」

「もちろんです」

 それ以外の目的で、この学院に来る?

「あ、でも、あたし、だめかも、です。先生もご存知のとおり、成績悪いし、ブラウニーには嫌われるし」

 もごもご。

「ブラウニーには、だね」


 先生は奥から、別の本を持ってきた。

 ──『竜と生きるための百の秘訣』


「なんですか? これ」

「三年生の副読本だよ。私が書いた。卒業式でわたすものだ。きみにも、ぜひ渡したいと思っている」


 先生は、エリザベス、とあらたまってあたしの名前を呼んだ。

「私はね、〈私の竜〉を死なせてしまった乗り手なんだ。殺したといった方が正しいかもしれない」


 たぶん、あたしは目をまん丸に見開いていた。


「乗り手は竜を見いだす。竜は乗り手を選ぶ。そうして乗り手と竜は、生涯をともにする。それは聞いているね?」


 はい。先生の授業で習いました!


「これには続きがある。もし、乗り手が竜を受け入れなかった時、竜はその場で長い生涯を終えることになる」


 あたしは、よく意味がわからなかった。


「私は私の竜を見出し、竜も私を選んだ。しかし」

 先生は微笑んだ。とてもさびしそうな笑顔だった。


「しかし、私は彼の〈名〉を見つけられなかったんだ」

「名前?」

「乗り手は、自分の竜の〈まことの名〉を見つけ、その名で呼ばなければならない」

「呼べなかったら?」

「竜は死んでしまう。乗り手わたしたちには助けられない。これは太古からの魔法だ。そういうなんだよ、あれは」


 先生は、ますます悲しそうだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る