第18話 キメラ

 三年前のあの日。

 初めてを経験した。

 初めて人を本気で好きになった。

 初めてだらけの夜だった。


 目の前にいる化物。

 奴を倒せばエロヴィスの石化を元に戻せる。

 アイツを元に戻せるなら、この手足が千切れても構わない。

 普段の俺ならそんなことは思わない。

 デザイアのために危険な仕事をしようが、途中で力尽きた瞬間、デザイアは手に入らないからだ。

 だが、今回だけは違う。

 俺がどうなろうと倒せばいい。

 奴を倒した瞬間、俺の願いは叶うのだから。

 

 普通にやっても奴に敵わない。

 なら、方法はひとつしかない。

 モンスターにしか使えないマナの使用。

 最強の爆炎スキル『オルメガ』

 これしか対抗手段はない。

 もちろんこれを使えば、俺のマナは底をつきる。

 その瞬間石化するだろう。

 だが、どんな奇蹟も可能にする伝説のアイテム。

 確実に倒すにはこれしかない。


「フフフ。まさか、私に勝てると思ってるの? あなたは、モンスターもどきなのよ。おとなしく私のモルモットになったほうがいいわ」


 サウザンドが余裕たっぷりに俺を嗤う。

 すぐにでも爆炎スキルを発動したいが、あれは威力も範囲もデカイ。

 まずは、ここにいる全員を避難させる必要がある。


「カエルーっっっ!」


 大声でカエルの女を呼ぶ。

 返事はない。

 ドアも開かない。

 だが、聞こえているハズだ。


「今すぐお前ら、ここから離れろっ!」


 反応がなくとも気にせず叫んだ。


「フフッ。ムダよ。アイツらは怖いの」


 サウザンドは不愉快に嗤う。


「あなたたちが一号を殺すまでは、限定解除でこの建物内にいる人間はみんな、私のモルモットだったわ」


「くっ」


 奴の言葉に苛立つ。

 俺も殺されかけた。

 『救済』

 この言葉を信じた人が、どれだけいたのだろう。

 この言葉に裏切られた人が、どれだけいたのだろう。


「けど、今は一号が死んで限定解除は発動していない。なら、なんでモルモットは逃げないと思う?」


 サウザンドが俺に問いかける。

 だが、そんなこと俺にはどうでもよかった。

 今の俺は、苛立ちと奴を倒すことしか考えれない。


「さぁ」


 テキトウに流した。


「あなた、ツマラナイ」


 サウザンドが落胆する。

 

「彼らは怖いのよ。元々、外が怖くてここに来たのよ。キメラの姿になったら余計に外が怖いのよ」


 サウザンドの他人事ひとごとのようなセリフに我慢の限界がきた。

 アイツに『オルメガ』放つ前に、一発ぶん殴ってやる。

 じゃないと気がすまねえ。


 俺は、そのままサウザンドへ突進した。


「ああああああああああ!」


 そのままサウザンドへ右ストレートを撃ち込もうとする。


「あなた、バカ?」


 サウザンドの身体からまたしても剣が射出される。

 シュッ。

 キイイイイインッッ!


 だが、それを左手ではたき落とす。


「手刀は得意技なんだよ」


 その瞬間、別の角度から新たな剣が射出される。

 シュッ。


 だが、

 キイイイイインッッ!

 またしてもそれを叩き落とす。

 そして、その勢いのまま、


 ゴスッ!

 サウザンドの頭部のようなところを右ストレートが直撃した。


「へっ。やっとそのふざけたツラに一発入れてやったぜ」


 俺がそう口にした瞬間、奴の身体からまたしても剣が射出される。


 キイイイイインッッ!


 それをすかさず叩き落とす。


「そんな攻撃痛くもないわよ」


 サウザンドの言葉に、


「へっ、わかってないな肉ダンゴ」


 俺は、嗤いながら挑発する。


「俺は、お前を殴りたかったんだよ」


 俺はそう口にして、


「お前らあ、俺は目標を達成して死ぬっ! お前らも目標を達成してから死ね!」


 すべての部屋に聞こえるように叫んだ。


「だからこんなとこで死ぬんじゃねえ! 今すぐ逃げろおおおおお! コイツは俺が倒してやる!」


 目の前の肉ダンゴを睨む。

 頼む。今すぐここから逃げてくれ。

 じゃないとコイツを倒せねえ。


「へぇ、ちょっとは面白いこと言うのね」


 サウザンドがそう口にした瞬間、


 シュッ。

 またしても剣が射出される。

 それを叩き落とそうとした瞬間、


 ガシッ!


 左手を無数の手で掴まれる。


「――しまった」


 ザシュッ!


「ふっ……ぐ」


 剣が左肩を突き刺す。

 俺はその場でうずくまった。


「ぐっ……ううううう」


 痛みが抑えれなくなっている。

 出血も限界。

 早く『オルメガ』を発動させないと。

 このままだと倒れてしまう。


 ギイッ。


 そのとき、小さくドアの開く音がした。

 顔をあげる。

 そこには、キメラがいた。

 それも一体ではない。

 次々とドアが開かれていく。

 何十体という数のキメラがサウザンドの後ろから現れた。


「逃げるの……あなたたち。外の世界でまた苦しみたいの? 前よりもっと苦しいわよ」


 サウザンドが問いかける。


「ええ。たぶん死にたいような経験をいっぱいすると思うわ」


 カエル女が返答する。


「けど、何もしないまま死ぬのはもう嫌なの。自分の力でもう一度挑戦しよう。彼を見てたらそう思えたわ」


 カエル女はそう言って腕を伸ばした。


「「――なっ」」


 俺とサウザンドが驚く。

 腕はそのまま勢いよく伸びて、俺の足元に倒れるシグマを掴む。

 シグマを掴んだまま、腕はカエル女の元へ戻っていく。

 

「あとは頼んだわ」


 そう言ってキメラたちは走りだす。


「逃がすかあっ!」


 サウザンドが、彼らの背後に向かって剣を射出しようとした瞬間、


「お前の相手は俺だああああ!」


 奴の無数の腕を掴んで引っ張った。


「ぐっ」


 サウザンドは体勢を崩し、剣は天井へ突き刺さる。

 

「クソがああ! どいつもこいつもジャマばかりしやがってえ!」


 サウザンドが怒りをあらわにする。


「やっとふたりになれたな」


 俺はそう言って、体中のマナを右手に放出させた。


 


 

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