第15話 シグマとテレサ(その6)

「アアアアアアアアッッッ!」


 ルリカの剣撃がモンスターの身体を切り裂く。

 ルリカとモンスターは、ふたりとも地面に膝をついて苦しんだ。

 耳を塞ぎたくなるような悲鳴が俺たちを襲う。


「ぐっ……」


 その悲鳴は、モンスターのものではなかった。


「まるで人間みたいな叫びかたしやがって」


 大柄の男がモンスターの背後から斧を振り上げる。

 もしかして……頭を叩き割るつもりか……。


「やめろおおお!」


 男を止めようとした瞬間――


「キモチわりいんだよ! この化物めええええええっっ!」


 男は勢いよく斧を振り下ろした。


「テレサアアアアッッッ!」


 ズグシャッッッ!


 モンスターの後頭部に斧が突き刺さる。

 

「ギャアアアアアアアアアアア!」


 モンスターは、悲鳴とともに地面に倒れた。

 男がニヤリと嗤う。

 トドメを刺したことに愉悦を感じる。


「へへっ。……やった! やったぞ!」


 男はガッツポーズを決めて、俺たちに喜びをアピールした。


「俺が倒した! バトルマスターですら倒せなかった化物を! このアルフレッド様が倒し――」


 その瞬間、男は地面へと吸い込まれた。

 いや、モンスターに足を掴まれて、勢いよく引っ張られた。


「うあああああああああああ!」


 男が泣き叫ぶ。助けにいける距離。

 だが、俺は圧倒的な戦力差と恐怖を前にして、動けずにいた。


「たすけてえええ――」


 ガッ!

 男が助けを求めた瞬間、首を掴まれる。

 

「あっ……ぐっ、るし……」


 男は必死にもがいた。


「ひいいいいっ!」


 冒険者の女が、その光景に恐れをなして逃げだす。


 その瞬間、


「……キミ」


 すぐ側で倒れていたルリカが、ゆっくりと腕を上げる。


「コレで、奴の頭を……。お願い奴を倒して……じゃないとわた……のまけ……」

「――!」


 紅い剣を渡される。

 それを受け取ると、ルリカは静かに目を閉じた。

 紅い剣を握る手が震える。

 俺が……。

 俺がテレサを殺す……。

 悪い冗談だ。

 テレサを探すためにここまで来たというのに。

 怒りが込み上げてくる。

 なんで俺たちがこんな目に合わなくちゃいけねえんだ。

 それと同時に、自分という存在を呪う。

 これは、クローン人間としてこの世に生まれ落ちた存在おれへの罰なのだろうか。

 だとしたら、タチがわりいぜ。


「……あ……あ」


 モンスターは、未だに男の首を握り続ける。

 もう男は動くこともない。

 それでも握る力は増していく。

 そして、俺は気づいた。

 奴は目が見えない。

 音だけに反応している。

 思い返せば、すべて音を立てたときに攻撃されている。

 

 大柄の男がうめき声をあげ続ける間は、逃げることも可能だろう。

 だが、俺は逃げない。

 この隙をつき、奴の首を断つ。

 これ以上、こんな姿のテレサは見たくないから。


 覚悟は決まった。……やるしかない。

 蒼い剣を拾う。

 そして、それを上空へ放り投げる――

 その瞬間、全力でダッシュ。すかさず奴の後方へまわる。

 モンスターはその音で俺の存在に気づき、こっちへ顔を向ける。

 だが、


 カンッ!


 蒼い剣が地面へ落下した瞬間、奴はに反応する。


 そして、完全に隙だらけの後頭部へ紅い剣を突き刺す――


「シグマアアアア!」

「――っ!」


 その叫び声に手が止まる。

 今刺さないとられる。

 今刺さないと。今刺さないと。今刺さないと。

 だが、繰り返せば繰り返すほど手が動かない。


「イダアイヨオオオオ! シグマアアアア!」


 悪い冗談だ。

 何でこのタイミングで俺の名前を呼ぶんだよ。


「へっ、笑えねえな」


 空を見上げて笑った。

 溢れだす涙を必死に堪える。

 

「やっぱりお前テレサなんだな」


 そう呟いて剣を下ろす。

 お前がテレサなら、こんな幕切れはごめんだぜ。


 そして、ゆっくりとテレサから離れた。

 俺は、そのままテレサをじっと観察する。

 しばらくして、テレサは首を締めた男を放り投げた。

 そして、膝を抱えて小さく丸まった。

 体中の傷が徐々に治癒しているのに気づく。

 俺はそのまま完全に回復するまで待った。






 どれだけ経っただろうか。

 テレサがゆっくりと立ち上がった。

 そして、そのまま俺に背を向けて、立ち去ろうとする。


「待てよ」


 俺の呼びかけに動きが止まる。


「あのときの決着……今つけようぜテレサ!」


 そう叫んで紅い剣を構える。

 

「これで……どっちがつええか決まるな」


 テレサが槍を構える。

 これだ。

 俺たちが一緒だった一年間はずっとこれだった。

 なら、最期もこれでお別れといこうぜ。


「いざっ! 推して参る!」


 その言葉とともに、テレサに向かって突進する。 

 アイツがいなくなる日から何度もイメージした感覚を思いだせ。

 負けることを考えるな。

 死ぬことを恐れるな。

 俺は、アイツより強いに決まってる。

 なぜなら、


「お前に剣術を教えたのは俺だああああっ!」

 

 そのままテレサのもとへ鋭い一撃を放つ。


 ――キイイイイインッッ!


 だが、それをあっさりと槍で受けられる。

 そして、

 シュッ!

 槍を持っていない左手から、常人離れした右ストレートが繰りだされる。

 顔面を狙った一撃。


「――あぶっ」


 それをギリギリのタイミングで躱す。

 だが、躱したせいで体勢が一瞬崩れる。

 その瞬間、剣を受け止める槍に力が込められる。


「ぐっ」


 やばっ……い。

 このままだと力負けする。


「まっ……けるかああああ!」


 咄嗟に、テレサの腹部を足で蹴飛ばす。

 今度はテレサが体勢を崩す。

 

「はあああああっっっ!」


 この好機をのがすものかと剣を振り上げる。


 ビシュッ!


 テレサの頭上に渾身の一撃を放つ。

 

 ――キイイイイインッッ!


 またしても槍に阻まれる。


「クソッ!」


 ビシュッ!


「――っな!」


 不意に、テレサの身体の死角から尻尾が俺を襲う。

 それを直撃してしまう。

 そして、後方に吹き飛ばされた瞬間、


「ガアアアアアアッッ」


 テレサが俺に向かって突進する。

 最後に戦ったときと同じ光景。

 何度もイメージした。

 ニヤリと口もとを歪ませる。


「へっ! ずっと、このときを待ってたぜええ!」

 

 俺は微塵の躊躇ためらいもなく、自分の背後へ振り向く。

 そして、振り向きざまに剣撃を放った。







 



 


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