第12話 シグマとテレサ(その3)

 アネストラ。大聖堂。


「はああああっ!」


 テレサの木刀から放たれる鋭い一撃。

 カアッッッン!

 それを木刀で受け止め、隙だらけの腹部に蹴りを繰り出す。

 シュッ。


 だが、それを容易たやすく躱される。

 そして、お返しとばかりに視界の外、左の脇腹に蹴りを繰り出される。


「ぐうっ!」


 それをとっさに左腕で受ける。

 だが、蹴飛ばされて体勢を崩してしまう。

 その瞬間、この好機をのがすものかと、テレサが直線的に突っ込んでくる。

 

「させるかあああ!」


 テレサを返り討ちにする反撃の一撃。

 それを放った瞬間――


 フッ。


 一瞬にして彼女の姿が消失する。

 

「――っ!」


 それが、加速して消えたものだと気づく。

 慌てて振り返るが――


 シュバッ!


 顔面に向かって、決定打となる一撃が俺を襲う。

 身体は反応するが気づくのに遅すぎた。

 その一撃が俺の顔面に届く瞬間――


 ピタリと静止する。


「フフン」


 テレサは、ドヤ顔で木刀を突きつけたまま、


「私の勝ちね」


 そう言って、ゆっくりと木刀を離していく。


「これで俺の124勝124負け。今回はテレサに負けたけど、トータルでは引き分けだからな」


 俺は、そう言ってテレサを睨んだ。


「まあ、これなら明日の試験は余裕かな」


 テレサがニヤリと笑う。


「へっ、一年前までババアみたいに遅かったくせに、よく言うぜ」


 そう言って彼女から目をそらした。

 出会った頃は笑えるほどヘボかった。

 正直、パラディンナイトになるどころかギルドに入るのも一生ムリだと思っていた。

 だが、アイツには誰も気づいてない才能がひとつだけあった。

 それは、吸収力。それも実践のなか限定で。

 命のやり取りをしたときに経験値を上げていく。

 それはもう、おそろしいほどの速度スピードで。

 テレサは戦いのなかで、相手の動きを自分のものとして体得する才能があった。

 あの野郎、たった一年でアネストラの警備隊として訓練された俺の武術をことごとくマスターしやがった。

 しかも、最近はその動きを応用したりするからタチが悪い。

 

 コトンッ。


 突然、テレサが木刀を地面に置く。


「まあ、私ひとりだと一年経ってもあの頃のままだっただろうね。シグマには感謝してるよ」

「――っ」


 そう言って彼女は頭を深々と下げた。

 俺は、思わずその姿に照れてしまう。

 

「ばっ、よせよ今さら。それにまだ、合格した訳じゃねえぞ。明日、腹痛になってトイレから出れねえかもしれねえぞ」


 俺は、照れを隠すために悪態をついた。


「ったく、アンタは相変わらず成長しないわね。身長だけ伸びて、中身は成長しないタイプね」


 テレサは肩をすくめて、やれやれと落胆しやがった。


「とにかく、これでダメだったら諦めもつくわ。いや、むしろこれでダメなら試験官を疑うくらいよ」

 

 テレサはそう言って自信に満ちた顔を向ける。

 まあ、たしかにそこらの冒険者よりよっぽど強いし、合格するだろうな。


「ねえ、シグマはギルドに入ろうとか思わないの?」


 不意にテレサが尋ねてくる。

 

「興味ねえな。今の生活に俺は満足してるしな」


 考えることもなく、即答する。


「そっか。まあ、アンタならそう言うと思ったけど」


 テレサは、呆れ顔でそんなことを口にした。

 

「じゃあ、さあ――」


 その瞬間、テレサの顔が目の前に接近してくる。


「――んなっ!」

「ついて来て、って言ったらどうする?」


 テレサはそう言ってニヤリと笑った。

 反射的に顔をそらす。

 直視できない。

 バカみたいにうるさい心臓を無視して、


「い、いかねえよ! こっちは市民のためにモンスター倒すとか興味ねえし! お、お前にもきょ、興味ねえから!」


 呼吸をするのも忘れて、まくしたてた。

 俺は前を見れず、未だ顔をそらしたまま。

 テレサは、そんな俺の肩をポンッと叩く。

 

「じゃあ、ここにモンスターが攻めてきたら、私が助けてあげる」


 そう言って彼女は、地面に置いた木刀を拾う。


「だから、まだ合格してねえって」


 少し距離をおいて、ツッコミをいれる。


「あー、早く明日にならないかな」


 テレサは、そう言って部屋へと帰っていく。

 俺は、その場に残って木刀を振った。

 さっきのイメージを忘れないうちに策を練る。

 明日、試験の前に白黒つけよう。

 そう思った。

 そして、なんか気の利いたことでもいってやるか。

 少し寂しい気持ちを木刀を振ることによって、まぎらした。






 翌日。

 ニワトリの鳴き声で目を覚ます。

 起きてすぐ、木刀を掴んで部屋をでた。

 廊下を走って一目散いちもくさんにテレサの部屋へ向かう。


 その勢いのままドアを開ける。

 ガチャッ。


「今日こそ決着つけようぜ!」


 ……。

 部屋の中は真っ暗だった。

 いや、真っ暗なだけではなかった。

 アイツのいた痕跡がない。

 金色の槍も、一年間競い合った木刀も、壁にあいた穴もない。

 あるのは誰もいないベットだけ。


 そのとき、手に持っている木刀がやけに虚しく見えた。

 

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