第11話 シグマとテレサ(その2)

「……ん」


 じわじわと頭に伝わる痛み。

 鬱陶しくて、目を開ける。

 シミだらけの天井が見える。


「ここは……」


 ベットから身体を起こして、あたりを見渡す。


「じゅう……い……ち」


 ……?

 テレサが、床に這いつくばっている。

 汗をポタポタ垂らして、苦しそうだ。

 

「……何してんだ?」

「ひいっ!」


 ドサッ!

 テレサは、いきなり床に倒れ込んだ。


「はぁ……はぁ」


 テレサは、息を切らしながら起き上がる。


「あんた、起きてたの」


 そう言って俺を睨んだ。

 なんでこんなに怒ってんだコイツ?


「なんで怒ってんだよ」

「はぁ! あんたが悪いんでしょ!」

「うおっ!」


 その瞬間、テレサは部屋の隅に置いてある金色の槍を握る。


「ちょっ、タンマ。殺す気かお前は!」


 ベットから立ち上がる。

 両手を開いて、動きやすい体勢をとる。


「大丈夫よ。つかで叩くだけだから」

「いやいや、そっちもちょっと尖ってるぞ! おいっ!」


 そう言って、少しずつ動きやすいポジションへと移動する。


「これでちょっとは反省しなさい!」


 きたっ! テレサの手が動く。

 ヒュッ!


 俺の左腕を狙って槍が振り下ろされる。

 だが、手加減してるんだろう。

 その一撃はあくびがでるほどに遅い。

 こんなの目をつぶってても容易たやすく躱せる。

 サッ!


「――あっ!」


 それを躱した瞬間、


「ていっ!」


 バシッ!

 足元の槍を思いっきり蹴飛ばした。


「っ!」


 ザシュッ!

 槍がすごい勢いで壁に突き刺さる。


「ヤベッ! クソババアに怒られる!」


 慌てて槍を引っこ抜く。


「あああっ」


 だが、見事に穴が空いてしまった。

 どうやってごまかすか考えていると、


「うううっ」


 テレサが突然泣き崩れた。

 俺は、その姿に困惑する。


「おっ、おい。たしかに怒られるけど、泣くほどじゃねえよ」


 俺の言葉にテレサが、


「……がう」


 何かをポツリと呟いた。


「聞こえねえよ」


 そう言ってテレサに近づく――


「違うっていってんのよ!」


 その怒鳴り声に足が止まる。

 涙を溢し、くちゃくちゃになった顔が俺を見据える。


「じゃあ、なんで泣いてんだよ?」


 俺の問いかけに、テレサはうつむく。


「……」


 はぁ、なんなんだよ。

 この空気に耐えれず、槍を置いて立ち去ろうとする――


「待って!」


 その声に立ち止まる。


「なんだよ」


 俺の問いかけに、テレサは息を深く吸い込む。

 そして、


「私の稽古に手伝いなさい」


 いきなりおかしなことを言いだした。


「は?」


 突然のことに理解できない。


「お願い! どうしても強くなりたいの!」


 テレサは、そう言って両手を合わせた。


「……なんで強くなりてえんだよ?」


 俺がそう聞くと、


「ギルドに入りたいの!」


 テレサは即答して、頭を下げた。


「じゃあ、自分で特訓して資格取ったらいいじゃん」


 俺がそう言うと、テレサは震えた。


「……もう四回も落ちた。次落ちたら参加資格を失うの! 二度とギルドに入れない」


「――っ!」


 マジかよ。そんな奴いんの。


「特訓も毎日してるけど、シグマにも簡単に負けちゃうし……私ってば才能ないのかな」


 そう言ってテレサは膝を抱えて、再び泣き始めた。

 膝を抱える少女の両手は、絆創膏ばんそうこうだらけだった。


「泣くくらい、しんどかったら諦めたらいいじゃん」


 テレサは、俺の言葉に首を振る。


「いやっ! 諦めるなんて絶対に嫌。私は、お父さんみたいなパラディンナイトになりたいの」


 テレサが顔を上げる。


「お父さんが亡くなるときに約束したの。お父さんみたいなパラディンナイトになるって」


 テレサの瞳が俺を見据える。

 その瞳は真紅の宝石のように輝いていた。

 見たこともないくらいキレイで、呼吸をするのも忘れるほどに見惚れてしまう。


「わかったよ」


 思わず了承してしまう。

 その瞬間、テレサが俺の両肩を掴む。


「ホント?」


 そして、ユサユサと俺を揺さぶり始めた。


「ホントに?」

「ホント。ホントだからやめろって!」


 少しずつ揺さぶる力が弱くなる。

 やっと止まると、俺は人差し指を立てた。


「その代わり、これで胸触ったのはチャラだ。いいか?」


 俺のその言葉にテレサの顔が赤くなる。


「胸触られたんだったああああ! やっぱり殺すっ!」


 そう言ってテレサは、地面に置かれた金色の槍を掴む。


 そして、躊躇なく槍を振り下ろしやがった。


「ちょっ、バカッ! やめろ!」


 そう言ってテレサの一撃を躱す。

 再びテレサが槍を打ち込もうとしたとき、槍を振りかぶる腕を指差す。


「その動作が余計なんだよ! もっと早くできねえの? だから躱されんだよ。ヘタッピ!」


 俺のその言葉にテレサの顔が赤くなる。


「なんだとー! うるさいチビ!」


 激情に任せた単調な攻撃を容易たやすく躱していく。


「へっ、悔しかったら当ててみなっ!」


 こうして、ギルドに入るための特訓が始まった。


 

 


 





 

 


 



 


 

 



 



 


 

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