第9話 ロズル

「さあ、あなたの悩みを教えて。なんでもいいの、なんでもいいから教えてごらん」


 ロズルの言葉が脳みそを揺らす。


 『悩み』


 ふしぎと今すぐにロズルに悩みを話したい。

 いや、なんですぐに相談しなかったのだろう。

 さきほどまでの自分を嫌悪する。


「き、聞いてくれますか。俺なんかの話を……」

「ええ、もちろん。話せば楽になれますよ」


 『楽になれる』

 その言葉が俺を魅了する。

 一刻も早く楽になりたかった。


「むかし……死にかけたときに、俺を助けてくれたサキュバスがいるんです」


 三年前の悲劇を語る。

 この人なら解決してくれる気がする。

 きっと。かならず。ぜったい。


「そのサキュバス……ボロボロの俺を救うために、体中のマナすべてを使ったんです。それで、あいつ石になってしまって……」


 あのときの悲しみが俺を襲う。

 言葉にするのが辛かった。

 だが、それでも続ける。

 この苦しみから救われるために。


「デザイアっていう欲望や願望を叶える魔道具があれば、彼女を元に戻せるんですけど……それを持っているボスが三億用意しろっていうんですよ」


 俺はロズルの身体にすがりつき、


「そんな金用意しようとしたら、もっとヤバいことやらされる。それに、そのうち殺されるかもしれない。もう、どうしたらいいか……」


 涙をこぼした。

 ため込んでいた感情があふれる。


「大丈夫。今すぐ救済してあげるわ。さあ、こちらへおいで」

「ああ……ありがとう。ありがとう」


 ロズルの後に続く。

 助かった。助かった。助かった。

 心の中で何度も繰り返す。


「ここよ。ここならあなたを救えるわ」


 ロズルは、そう言って部屋の前で立ち止まった。

 彼女の言葉に歓喜の表情を浮かべる。

 ああ、やっとすべてから開放される。

 もう、悩みや苦しみに耐えなくていいんだ。


 ロズルがドアノブに手をかける――

 

「動くな。今すぐ能力を止めろ」


 その声にロズルの手が止まる。


「――っ!」


 いつの間にか俺の目の前に金髪の男がいる。

 その男は金色の槍をロズルの喉元に突きつけ、


「早く、能力を止めろ!」


 大声で怒鳴った。


「やめろ! ジャマをしないでくれ!」


 男に対して言い放つ。

 うかつに近づいて彼女に危害を加えられても困る。

 俺には、反発する態度を見せるしかなかった。

 

「こんなことしたら、組織が黙ってな――」


 ザシュッ!


 その瞬間、部屋の前が真っ赤に染まる。

 ロズルが力なく、その場に倒れた。


「ひいっ!」


 その光景に腰を抜かす。


「危ないとこだったな」


 シグマの言葉が理解できず、首を傾げる。

 危ないとこ……。

 いったいなんの話だ?


「その様子だと、まだわかってないみたいだな」


 シグマは、そう口にして目の前にある部屋のドアに手をかける。


「これが奴らの救済ってやつだ」


 キィィィッ。

 ドアがゆっくりと開けられる。


「――っ、うっ!」


 その瞬間、おぞましいほどの悪臭が俺を襲う。

 嗅覚を今すぐなくしたい。

 身体が拒絶する。


「ううっ、がはっ!」


 床にゲロをぶちまける。


「はぁはぁ」


 苦しむ俺とは対照的に、シグマは真っ暗な部屋の中を物色している。


「あった、これか」

 

 パチッ。

 電気がつけられる。

 

「――! こ、これって」


 部屋中に並べられた拷問器具に言葉を失う。

 どれもこれも血で染まっている。

 だが、それ以上に怖ろしいのは棚に並べられた小瓶たち。

 眼球や指などが小瓶の中から俺たちを覗いている。

 ここで何が起きたかは、容易に想像できた。


「奴らの救済ってのはこういうことだ。助けを求める人間たちを能力で操り、バラして必要な臓器を売り捌く」


 シグマは、部屋の中を物色しながら、


「サクト、わかったか。ここは、解体ショーが大好きなクレイジーどもの巣窟だよ」


 苛立ち混じりに言い放った。


「あらっ、酷いこと言うわねシグマ」

「――っな!」


 後ろから聞こえるその声に驚きを隠せない。

 そんな……ありえない。

 だが、この声は聞き覚えがある。

 けど、お前はここにいるだろ。

 部屋の入り口で倒れてる。

 いや、あれだけの出血だ。死んでるはずだろ。

 本能的に確認しようと身体が反応する。

 おそるおそる振り返る。


 そこには、ロズルが立っていた。

 黒いローブに茶髪のロングヘアー。

 清楚な雰囲気。

 俺が知っているロズルと同じ。

 だが、彼女は今ここで死んでいる。

 なんで、もうひとりいるんだ……。


「とうとう自分まで人体実験したかクソババア! ここは、地獄そのものだな」


 シグマの発言に言葉を失う。

 人体実験。

 そんなことまで……。


「クククククッ」


 突然ロズルがケラケラと笑い始める。


「よくそんな酷いこと言えるわね。ここがあなたの生まれた場所。いや、造られた場所だというのに」

「――!」

「黙れっ! それ以上言うと殺すぞ!」


 シグマが再び槍を構える。

 だが、俺は今のこの状況より、親友がここで生まれたことにショックを感じていた。



 

 






 






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