第7話 月明かり
「クソがああああ! さっさとくたばりやがれっ!」
後方からの叫び声に思わず振り返る。
あの状況で助かった俺に苛立ち、激情にかられた白人の男がナイフを持って襲いかかる。
「チャンスッ!」
「――っ!」
それと同時に、アニエスも俺に襲いかかろうとする――
だが、アニエスは重大な失敗を犯していた。
それは、奴に背中を向けたままという行為。
距離が離れていようと、肉眼で認識できる範囲なら奴は戦闘を開始することができる。
それほどの戦闘スキルと、それを可能にする身体能力をシグマは備えている。
ズクシュッ!
「――がっ、かはっ……」
鮮血が飛び散る。
一瞬にして少女の腹部を金色の槍が貫く。
「ぐっ……うううう」
少女のうめき声に唇を噛みしめる。
くっ……。
だが今は悲しむ余裕などない。
すかさず、後方から襲ってくる白人に対し、上半身だけを向ける。
足は、未だ掴まれたまま動けず、奴のナイフを躱すことはできない。
ならば、俺にできるのはただひとつ。
奴の攻撃をくらう前に倒す。
奴のナイフが俺に突き刺さろうとする瞬間――
奴の顔面に手刀を繰り出す。
シュバッ!
一秒でも早く仕留めるために、全力の力で振り下ろす。
一撃で確実に倒すために、手首のスナップを
シグマと三年間稽古して習得した武術。
指先のツメが手刀を強力な武術として成立させる。
刃物のような鋭い
ズバッ!
白人の男の顔が切り裂ける。
――バシャッと音をたてて、俺の頬に奴の血がかかる。
「うぐああああああっ!」
白人の男は、ナイフをその場に落とし、必死に自分の顔を押さえる。
「ああああああああああ――」
バタッ!
だが、男は痛みに堪えれずその場で悶絶する。
その瞬間、足を掴まれていた感覚がなくなる。
足元を確認すると、靴は元の姿に戻っていた。
奴らの肩の光も消える。
「「ひいっ!」」
残りのふたりが恐怖に怯え、俺たちに背中を向けて逃げだす。
だが、背中を向けて逃げる相手を仕留める。これほど簡単なことはない。
すべての力を足に込める。
インキュバスとして生まれ変わった脚力が、一瞬にしてふたりに追いつく。
ザシュザシュ!
俺の両手がふたりの背中を切り裂く。
「「ぐっ、ああああああああ!」」
叫び声をあげて、ふたりはその場で倒れた。
「「ああああっ! がああああああああ!」」
苦しみ、のたうち回るふたりを見つめる。
「すまない」
急激に襲ってくる罪悪感。
苦しむ彼らに謝罪したところで、何も変わりはしないのだが、それでも口にしないと気が済まなかった。
「任務遂行ごくろうさまです!」
「――!」
不意に声をかけられ、驚きながら顔を上げる。
「うわっ!」
目の前には、白い仮面をつけた七人組がいた。
異様な光景に思わず驚きの声をあげる。
「驚かせてしまってすいません。あとはこちらで処分しますので」
彼らはそう言って苦しむコードBの連中に近づくと手首に手錠をかけた。
「ちょっ、あんたら何やって――」
仮面の男たちを止めようとしたそのとき、
「あー、気にすんな。その人たちは幹部の使用人の人たちだ」
そう言ってシグマに後ろから肩を掴まれた。
「……幹部の使用人?」
小声でシグマに尋ねる。
「そうだ。幹部たちのお気に入りだからな。ケガでもさせたら今度は俺たちが消されるかもな」
シグマは、そんな恐ろしいことをサラッと返答した。
しかも、こいつニヤリと笑ってやがっる。
「お前、組織と戦うのもちょっと面白そう。とか思ってないよな?」
おそるおそる背後の戦闘バカに尋ねる。
「ハッ、そんなことするかよ。これ以上、生活しにくくなるのはゴメンだからな。まあ、たしかに面白そうではあるが」
そう口にする彼の目は、とても輝いていた。
その姿は、まるで初めてプラモデルを見つけた子供のよう。
ああ恐ろしい。
「さっ、帰るぞ。さっさと寝てえし」
シグマは、そう言って仮面の男たちとは反対方向へ歩きだす。
俺もそれに続こうとして――
「……ゴメン……カ……ン」
「──っ!」
口から血を流し、地面に横たわるアニエスを直視してしまう。
その姿に思わず足が止まる。
「……ゴメン……オカ、アサン」
アニエスが涙を溢しながら、ゆっくりと最期の言葉を口にする。
「シュジュ……ツダイ、モウ……ラエナク…ッ…タ」
「──っ!」
そう口にする彼女を仮面の男たちが手錠をつけて運んでいく。
俺はその場で立ち尽くした。
そして、俺ひとりが路地裏に取り残された。
寝室のドアを開け、中へと入る。
そして、電気もつけないでソファーに横たわる。
ここに来てからの三年間、ずっとこのソファーで寝ている。
ソファーで寝るのがあたりまえの身体になってしまった。
暗闇の中、天井を見上げる。
暗闇の中は嫌いだ。
嫌なことばかりを思い出すから。
『ごめん、お母さん。手術代、払えなくなった』か……。
そして、あのときアニエスが言った最期の言葉を思い出していた。
「アニエスは、母親を救うために組織に入って消された」
独り言を呟く。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
窓から差し込む月明かりが、ベットを照らしている。
俺は、その月明かりに誘われるようにベットのほうへ近づくと、
「俺も、いつかは消されるんだろうか」
そんなことをベットに横たわるエロヴィスに話しかけた。
窓から差し込む月明かり。
その光が、石化した彼女の肌を照らしていた。
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