第6話 限定解除

「そ、そんなジョブ見たことない。いったいどんななの……」


 アニエスが驚きの声をあげる。

 俺はその言葉に、


「げんてい、かいじょ?」


 首を傾げて、聞き返した。


「ええっ!」

「限定解除も知らねえだと! ギルドに所属したことねえってのか!」


 黒人の男が俺に怒りをぶつけてくる。


「所属してたさ。こちとら冒険者稼業で、毎日安い賃金で働いてたし」

「「「――なっ」」」


 俺以外の三人が驚きの声をあげる。


「ぼうけんしゃあああ! ちょっ、おじさん冒険者なの! めっちゃ弱いじゃん! サイアクー!」

「ありえねぇ。たかが冒険者にあんな能力が……って、いてぇ! 噛みやがったこのアマァ!」


 アニエスは、俺に気を取られていた黒人の腕に噛みつく。

 そして、その隙に路地裏から逃げだした。


 ぐっ、どいつもこいつも『弱い』とか『たかが』とか、人をザコ扱いしやがって。

 その苛立ちを白人の男にぶつける。

 奴の手を全力で握る。


「がああああああああっ!」


 モンスターとして飛躍的に増長した筋力。

 武器として鋭く変化したツメ。

 そのふたつが男を苦しめる。


「やめろおおおお! いっ、てぇぇぇ。のやろう! 薬売って何が悪いんだ、このクソ野郎ども! 俺が薬売って、てめえらに迷惑かけたかあ! ああっ!」


 白人の男が悲痛な叫びをあげながら、本性をあらわにする。

 奴の殺意に満ちた目が俺を睨む。

 だが、その態度が俺の黒い感情をさらに濃くする。


「日本じゃあ、お前みたいな奴をクソ野郎って言うんだよ!」


 そう言い放って、さらに力を込める。

 激情に身体を委ねる。

 そのままこいつの腕を握り潰そうとする。

 

 その瞬間、背後から殺気を感じる。

 すぐに白人の男から跳びのく――


 シュッ!


「――っ!」


 その瞬間、ナイフが俺の身体をかすめる。


「あっぶなっ」

「チッ! 勘のいい奴め」


 写真で見た、もうひとり。

 顔中入れ墨だらけの女。

 彼女がナイフを握って、俺を威嚇する。

 

 マズい……。

 三対ニ。

 いや、三対一か。

 前方に白人の男と入れ墨女。後方に黒人の男。

 三人ともナイフを所持した元ギルドの人間。

 間違いなく、無傷で勝つことはできないだろうな。


 ったく、とんだ新人が入ってきたもんだ。

 いきなり逃げだすなんて。

 あいつ、俺の悪口しか言ってないぞ。


「おせえぞリドア! 見ろ! あのクソ野郎やりやがった! クソッタレッ! ぶち殺してやる!」


 白人の男が俺を指差して、感情を爆発させる。

 

「おいっ! 何してんだお前ら! さっさとやるぞ! しやがれっ!」

「……?」


 白人の男が左手にナイフを構え、謎の単語を口にする。

 また、それか。

 だからなんだよ限定解除って。

 車の免許証かよ、お前ら。


「ったく、うっせえな! わかってるよ。だから、アタシが来たんだろうが!」

「――っ!」


 その瞬間、三人の殺気が格段に強くなる。

 ゾクッ!

 全身が震える。

 やっ、やばいっ。

 モンスターとして。いや、生物として本能的に感じる。

 次は、俺が生命いのちを狙われる番だと――


「「「限定解除『現象フィノメノン!』」」」


 キイイイイイイン!


 謎の単語が口にされる。

 その瞬間、奴らの右肩が青白く発光する。

 この暗闇の中を照らす光。


「なっ! 光ってる!? なっ、なんだあれは!」


 俺は、驚きの声をあげる。

 そして、脳みそが恐怖に侵される。

 くそっ! 

 わからないことほど、恐ろしいものはない。


「へへへッ! フヘヘヘヘッ! 愉しみだぜ。解体ショーの始まりだからなあ!」


 その瞬間、白人の男がナイフを片手に突っ込んでくる。

 それと同時に、残りふたりが両脇の建物の壁を蹴って跳躍する。


 ひとりが正面から攻撃。

 残るふたりが頭上から攻撃。

 となると、回避するには後方へ跳びのいて、頭上のふたりを躱す。

 そして、向かってくる正面の敵より先に反撃の一撃を与える。

 ナイフ並みの切れ味をもつツメで切り裂く。

 これしか手段はない。

 

 ただ、気がかりなのが奴らの肩を発光する光。

 あれは何だ。

 まさか、魔術とかいうなよ。

 こっちは、マナ使えないんだからな。

 頭の中で戦術を考えながら後方へ跳ぶ――


「キヒッ!」


 そのとき、正面の男が立ち止まり、下卑げびた嗤いを浮かべる。

 いや、正面の男だけではない。

 目の前の敵三人が嗤っていた。

 なんだ?

 なにがおかしい!

 なぜ、こいつらは嗤ってやがるっ!

 まさかっ――


 後方からの殺気。

 咄嗟に身体全体を後方へと翻す――

 そこには、ナイフを握った女の姿。


「――っ!」


 ――シュバッ!

 女からの一撃。

 それを躱そうと、建物の壁を蹴ろうとして――


「ぐっっっ!」


 足が動かない。

 くっ! うそだろ!

 この状況で足を掴まれている。

 しかも、ものすごい力で跳べないように引っ張られる。

 いったい誰に……?

 ナイフが俺を襲う最期の瞬間。

 咄嗟に足元を確認する。


「――っ!」


 目を見開く。

 俺の足を掴む手。

 それは……俺の靴から生えていた。

 

 ありえない!

 ありえないことが起きている!

 クソッ! これが『限定解除』ってやつかよ。


 俯いたままの俺に、ナイフが突き刺さろうとする。

 その瞬間――


「限定解除『ゼノン・アイギス!』」

「「「なっ!」」」


 ――パキインッ!


 何かがとても硬いものにぶつかって折れる音。


 カランッ。

 鋭く光る何かが足元に落ちる。

 それがナイフの刃だと気づいて顔を上げる。

 そこには、


「おいおい、四対一とかずいぶん愉しそうな展開でやりあってんだなサクト。俺もいれてくれよ」


 金色の槍に金属の鎧を纏った金髪の男。

 俺と同じ犯罪組織カストロのコードEメンバー、シグマ。

 俺の恩人でもある彼は、路地裏の入り口でニヤニヤと笑っていた。

 

「ふー」


 とりあえず、シグマが来てくれて助かった。

 タイミング的には完全に死んでたからな……。


「それにしても、騙されたぜコードBの連中には」


 シグマは、そう言ってパチパチと手を叩いた。


「くっ、まさかこんなにすぐバレるなんて」


 目の前で、ナイフを折られた女が苛立ちをあらわにする。


 そう、シグマの言うとおり。

 騙されていた。

 俺は、目の前の敵を睨む。


「まさか、お前もコードBの人間だったなんてな。アニエス」


 目の前にいる赤髪の少女、アニエスが俺を見据える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る