第3話 金色の槍

 キイイイイインッ!

 鼓膜を刺激する衝突音。

 火花が散る。

 そして、暗闇を一瞬照らす。


「――っ!」


 俺の頭上で大剣が止まった。

 ……いや、止められた。といったほうが正しい。

 金色の槍が、大剣を受け止めていた。

 槍を握るのは金髪の男。

 互いの得物えものがぶつかり合うなか、


「……どういうつもりですかシグマ! 裏切るのですか!」


 ルビアが憎悪のこもった声で金髪の男、シグマに問いかける。


「はぁ。そういう次元の話じゃねえよ。市民襲ってどうすんだよ。ったく」


 シグマが、だるそうに返答する。

 だが、ぶつかり合う大剣も槍も膠着こうちゃく状態のまま。

 槍を握るその手には、依然として力が込められている。


「あれは市民ではありません!」

「「はぁっ!」」


 思いもよらぬルビアの発言に、男ふたりが驚きの声をあげる。

 シグマは、一瞬俺に視線を向けると、


「おいっ、あんた! あんた人間か!?」


 こんなヤバイときに、そんなバカげたことを真剣に聞かれた。


「あっ、ああ……二十八年間人間だ」


 俺が、そう答えるとシグマはルビアへと視線を戻した。


「おいっ! 人間って言ってるぞ!」


 シグマは、苛立ちを込めながらルビアに言い放つ。


「いえ、そいつはモンスターを助けようとしました。ですから、そいつもモンスターの仲間です!」


 ルビアは、シグマの言葉をすぐに否定した。

 そして、そのまま顔を歪め、


「もしかしたら、人間に化けてるだけかもしれないっ! ……きっと、そうだ! 許せない! はやく! はやく! 早く殺したい!」


 ルビアが黒い感情すべてをぶつける。

 背筋が凍る。

 知らなかった。

 他人の感情をぶつけられることが、こんなにおそろしいなんて。

 気持ちが悪い。

 ここからいなくなりたい。

 今すぐに。


「ふー。お前のほうがよっぽどモンスターだよ」


 シグマは、お手上げという感じで皮肉を口にした。


「そこのあんた。このヒステリー女は俺がなんとかするから、さっさと逃げろ。こいつ、あんたがいると興奮するらしい」


 シグマの言葉にうなずく。


「スマン。助かった! ありがとう!」

「……シグマ。このことはギルドマスターに報告します」

「はぁ、めんどくさっ」


 彼にルビアの相手をまかせて、俺はエロヴィスの元へと駆け寄った。


「大丈夫か? エロヴィス」

「……はぁ、はぁ……っ、ぐぅっ」


 痛みを耐えるのが精一杯。

 エロヴィスに俺の声は届かない。


 とりあえずここはマズい。

 応急処置のできるところへ避難しないと。

 俺は、エロヴィスを背負って運ぶため、体勢を低くする――


「おいっ! あんた、なにやってんだ!」


 その瞬間、シグマが吠えた。

 

「なにって、運ばないと――」

「バカかあんた! 俺たちは、そのサキュバスに用があんだよ! ここに置いてけ」

「――っ!」


 唇を強く噛みしめる。

 お前もか。

 苛立ちが、またしても俺を支配する。

 

「それはムリだ! なにがあっても俺はこのサキュバスを助ける!」


 俺は、目の前のシグマに言い放った。

 強い決意を瞳に宿し、奴を見据える。


「はっ! 助ける。それはムリだろ。俺がこの槍を下ろしたら、あんたその瞬間ルビアに殺されるぞ」


 そんなのわかってる。

 それでも……。

 それでもエロヴィスがいなくなることが許せない。

 俺は、奴を無視してエロヴィスを背負う。


「交渉決裂だな。最期にひとつ聞かせてくれ。なんでそのサキュバスをそんなに護る? 他にもいい女はいっぱいいるぜ。なんでそいつなんだ」


 シグマが俺に問いかける。

 俺は奴に背中を向け、エロヴィスを背負ったままゆっくりと歩き始める。

 そして、


「初めてだったんだ……」


 独り言のようにシグマの問いに答えた。


「ああ? なにがだ?」


 苛立ち混じりの声でシグマが聞き返す。


「『明日もこの時間に来るから』……こんなこと言ってくれた女は、こいつが初めてだったんだ」


 暗闇を照らす月を見上げて、そんなことを口にした。


「……っ。サクトって恥ずかしいこと、っ平気で言うよね」


 エロヴィスが。耳元でささやく

 呼吸も荒く、口を開くのもしんどいと思う。


「ムリして話すな。いいから休んどけ! 大丈夫。安全なところまで運ぶから」


 エロヴィスを支える手に力を込める。

 

「……そうか。フッ、とんだバカ野郎だなあんた。めんどくせえし、あとはルビアにまかせた」


 そう口にして、シグマは槍を下ろした。

 その瞬間、おそろしいほどの殺気が俺を襲う。

 一瞬にして、ルビアが俺の後ろに現れる。


「串刺しにします!」


 冷たく言い放たれる。

 予感する。

 俺はエロヴィスを助けれない。

 ここで殺される。


「サクト。サクトが死ぬことはないわ」


 エロヴィスが俺の耳元でささやく。

 その瞬間――

 ドンッ!


「――!?」


 強い衝撃が俺の背中を襲う。

 俺は前方へと突き飛ばされ、地面へ倒れる。

 すぐに振り返る。

 そこには、地面に倒れるエロヴィスとそれを狙うルビアの姿。

 そして、エロヴィスに向かって大剣が―― 


「やめろー!」


 ――ドゴッ!

 一瞬の出来事。ルビアの真横から強烈な蹴りが繰り出される。


「がはっ……」


 ルビアはそれをまともにくらい、飛ばされていく。


「なっ……」


 突然のことに言葉が出ない。


「うっ……あなたも敵として認識します。シグマ」


 ルビアはゆっくりと立ち上がる。

 そして目の前の男、シグマを標的としてにらむ。


「女とガキは蹴りたくなかったが、こうでもしないと止まらないしなお前」


 シグマは、そう口にして槍を構えた。


「おいっ! なにしてんだサキュバス! 早くあの男と一緒に逃げろ! 俺は気分屋だからな。気が変わってこの槍があんたを貫くかもしれねえぞ!」


 シグマがニヤリと笑ってエロヴィスに槍を向ける。


「――っ、ぐぅ」


 それを見てエロヴィスは起き上がろうとするが、痛みが彼女を襲う。

 それを見て、俺はエロヴィスに駆け寄る。


「早くいけっ。イチャイチャされると決闘のジャマなんだよ!」


 シグマの言葉を聞きながら、エロヴィスを背負う。


「なんで助けてくれるんだ?」


 最期にどうしても聞きたかった。

 シグマに背中を向けたまま、問いかける。


「だから言っただろう。気分屋だって。それに、死にかけのサキュバスよりクルセイダーのほうがたのしめそうだしな。こんな機会はめったにねえ」


 シグマはそう口にして、よりいっそう体勢を低くした。


「シグマ。……この恩は忘れない。死ぬなよ」


 俺は後方にいる戦士にそう言って、再びエロヴィスを支える手に力を込める。


「わりいな。男には興味ねえぞ!」


 シグマの軽口と同時にルビアの腕が動く。


「逃がしません!」


 瞬間、ルビアの大剣が俺を襲う――


 キイイイイイインッ!

 だが、それをシグマの槍が払いのける。


「――ぐっ!」

「つれねえなルビア。『パラディンナイト』が喧嘩売ってんだぜ。相手してくれよ」


 シグマは挑発するように嗤うと、ルビアの足を突き刺すような鋭い一撃を繰り出した。

 

 その隙に俺は、全力で走った。

 後方で大剣と槍が激しくぶつかり合う。

 その音が何度も俺の鼓膜を突き刺す。


 俺はそれが聞こえなくなるまで、ひたすら走った。

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